【正義とは悪に負けない強さ!】泉獅子王丸エピソードvol.1

泉獅子王丸
規律・道徳担当

泉獅子王丸

shape of heart
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ししおーまる

獅子王丸さんのイメージソングです(初期設定で音量が大きくなっていますので注意してくださいね)

ハッチ

聴きながら読むとつながりやすいワン!

目次

泉獅子王丸さんのエピソード集です(読みたいタイトルをクリックしてください)

2004年6月20日

泉獅子王丸とA中B太(前編)

泉獅子王丸
(35歳当時)

泉獅子王丸

平和な日本でも、何年かに一度、人々を震撼させる大事件が起きる。

2004年に起きた、16歳の少年による、猟奇的殺人もその1つだった。

連日、ニュースやワイドショーで放送され、事件の詳細や背景、犯人の動機、予想される刑の重さなどが解説された。

視聴率も取れたのだろう。
どのチャンネルも、似たような内容を繰り返し流し続けていた。

そんな中、警視庁に所属していた泉獅子王丸は、独自のルートを使って少年とのコンタクトを取り始めていた。

TV

月日が押し出されるように進んだ3か月後。

世間では、新たなトピックスが次々と生まれ、少年のニュースは流れなくなった。

だからこそ多くの人は、「事件のその後」を知らない。
少年が出所した後に、どんな人生を歩んでいくのかも…。

泉獅子王丸を除いては。

泉獅子王丸

あれほど煽っていたメディアが「重大事件の犯人のその後」をパタッと伝えなくなるのはなぜか?

視聴率が取れないからではない。
需要は確実にある。

最大の理由は、プライバシーの保護だ。
そして社会復帰の妨げになるからだ。

現在の日本では、出所者の情報が報道されることで、地域社会で受け入れられにくくなり、再犯につながるリスクが高まってしまうのだった。

住宅地

話を2004年に戻そう。

少年の名は「A中B太」。

住宅街を歩いていた当時、庭で遊んでいた母子を見かけると、塀を乗り越え襲い掛かった。

近所に誰もいなかったのが不幸に追い打ちをかけた。
包丁で切り付けられた母子は、必死の抵抗も虚しく、殺害されてしまったのだった。

そしてこの事件が猟奇的殺人と呼ばれるようになった最大の理由は、A中が二人の肉を食したからだった。

サイコパス

A中には、そのレッテルが貼り付けられた。

しかし獅子王丸は、そう結論付けるのは危険だと考えていた。

サイコパスは、男性の3%、女性の1%存在するというデータがある。
つまり日本には150万人のサイコパスがいる計算になり、それではとても警察だけでは防ぎきれない。

だからこそ獅子王丸は、A中が医療少年院に入ってからも接見を繰り返した。

世の中には、サイコパスと呼ばれるパーソナリティでも、善良な人はいる。
では罪を犯す人と犯さない人の違いはどこにあるのか?

獅子王丸はそれが知りたかった。

泉獅子王丸

A中は、一見すると、どこにでもいる普通の少年だった。

会いに行くと、いつも頭の後ろに小さな寝癖をつけていた。

基本的には地味で大人しいのだが、自分の興味がある話題になると、若干、声のトーンが上がって目の輝きが増した。
そして時々、相手の反応を確かめるように、こちらの目を覗き込んでくる。

逆に、興味がないことや散々聞かれてきたことに関しては、明らかに面倒くさそうな態度を見せた。

獅子王丸は当初、A中にサイコパス特有の匂いを感じ取れなかった。

ただ、気難しいタイプなのは、すぐに分かった。
実際、信頼関係を作ろうと、積極的にアプローチしたのだが、上手くいかないことのほうが多かったのだ。

泉獅子王丸

6回目の接見の時だった。

A中は、なぜか初めから不機嫌だった。
獅子王丸の話に相槌すら打たなくなり、明らかに「早く帰れ」との姿勢を見せた。

ついには我慢できなくなったのかもしれない。
自ら事件の核心を語り始めた。

「なぜ殺した? 何で肉を食べた? どうせ泉さんもそれが知りたいんでしょ? もう散々皆に言ってきたんだけど…」

「いや、それは…」

「殺したらどんな感じだろう? 食べたらどんな味がするんだろう? 本当にただそれだけ。それ以上でも以下でもない」

「いや、人をそんな理由で殺せるはずが…」

「ほらね。皆そう言うんだよ。今日はもう話すことはないんで、帰ってくださいね」

A中はそう言い残すと部屋を出ていこうとした。
しかしドアを開ける直前に振り向いた。

「あと泉さん…、僕の次に喋る時、必ず「いや…」ってつけますよね。すんごいムカつくんですけど!」

「あ、いや…」

またしても出てしまったその言葉が、A中に届かないよう獅子王丸は願った。
彼の体の半分だけが部屋を出ていた。

獅子王丸が多用していた、枕詞としての「いや…」。

その指摘を素直に反省した。
無意識に犯罪者を否定したい本音が出ていたのかもしれない。

今の自分は、A中を責めにきたわけではなく、むしろ教えを乞う立場だった。
二度とこんな事件が起きないためにも。

そして改めて、A中の「動機」を嚙み締めた。

「殺したらどんな感じだろう? 食べたらどんな味がするんだろう?」

理解できるはずがない。
頭で反芻するほどに戦慄が押し寄せてくる。

これまでたくさんの犯罪者と接してきた。
同じサイコパスでも、そこには絶望や、悪意や、怒りが見て取れた。

少なくとも彼らは、サイコパスという人格を持った感情のある人間だった。

しかしA中は違う。
怪物だ。

感性が通常のレベルを超越している。
おそらくA中は、人をアリ程度にしか見ていないのだろう。
それとも自分を神と錯覚しているのだろうか?

怪物

【いや…違う…な】

これまでのA中に、そんな尊大な態度や見下すような発言はなかった。

【むしろ…無垢なのか? 赤ちゃんのような好奇心なのか?】

善悪の分からない赤ちゃんならば、ブレーキがかからなかったとしても不思議ではないのか?

【しかし…】

獅子王丸は混乱していた。

【人間が何も学習をしないことなど…、16年間、社会化を拒否し続けることなどできるのだろうか?】

結局、この日の獅子王丸に答えは出せなかった。

サイコパスの持つ闇の深さを見せつけられただけだった。

A中が医療少年院で受けているプログラムは以下の通りだ。

支援プログラム

1:学業教育(基本的な学科の教育)

2:職業訓練(社会復帰の基盤となる職業に就くため、技術的なスキルを身につける)

3:心理サポート(カウンセリングや心理療法を受けることで自分の心を見つめ直す)

4:社会復帰プログラム(社会生活、人との関わり合いをグループワークやロールプレイングで学ぶ)

事件の性質とA中の希望を尊重しながら、プログラムは柔軟に進められた。

一度はへそを曲げて、獅子王丸との接見を断り続けたA中だが、半年後、再び受け入れてくれるようになった。

久しぶりに会ったA中は、「いい暇つぶしになるから」と「一番、僕に会いに来てくれる人だから」と、はにかむように笑った。

A中は、院内では模範的な人間だった。
問題行動を起こさないどころか、積極的にプログラムに参加していると、担当教官が誇らしげに伝えにきていた。

それは獅子王丸にとっても喜ばしいことだったが、不安を軽減させるほどではなかった。

元々、A中の攻撃性は高くない。衝動性も低い。
好奇心は旺盛だから、自分に足りない点を補うプログラムに積極的なのも頷ける。
知能も高いため、今のところ全てのプログラムが順調に進んでいるのだろう。

泉獅子王丸

しかし、接見を繰り返している中で確信があった。

全ては上辺だけだと。

「彼の怪物たる無意識は、果たしてどうなったのだ!?」

獅子王丸の関心はその一点だけにあった。


-つづく-



泉獅子王丸とA中B太(後編)

サイコパス。

犯罪者の多くはサイコパスな面を持っている。

いや…、サイコパスと呼ぶから、変に誤解されてしまうのかもしれない。
獅子王丸が警察官になった頃は、「反社会的人格障害」と呼ばれていた。

通常、人は成長するにつれ、社会に「適応」していくものだ。
社会からそれを求められるし、自分もそれに適応しないとしんどいからだ。

しかし、誰しも「社会化の積み残し」が起こる可能性はある。

果たして今、日本全国にサイコパスの要因たる「反社会的な傾向」を完全否定できる人間がどれほどいるだろう?

獅子王丸は久しぶりに、自分がどれほどクリアーできているかを自問した。

サイコパスの傾向テスト

1、口達者で嘘を平然とつく

2、自己中心的でわがままな性格

3、結果のためには手段を選ばない

4、人の気持ちを分かろうとしないため、共感ができない

5、他人を自分の思い通りに操りたがる

6、自分の間違いを認めず他のモノのせいにする

7、人としての良心が欠けている

8、自慢話が大好きで謙虚さがない

9、より強い刺激を求め続ける

10、人付き合いが苦手で友人が少ない

そう。
誰しも多少は思い当たる点があるはずだ。

完璧な人間などいないように、サイコパスもまた特別ではない。
最初からのサイコパスなどおらず、生まれつきの犯罪者もいない。

自分を含め、皆、理性で「悪」に蓋をしているだけなのだ。
逆を言えば、理性で蓋をしなければ、誰もが犯罪者になってしまう恐ろしさがあるのだ。

A中のサイコパスな内面は、特に、4と7と9と10が顕著だと獅子王丸は見立てていた。

それが果たして、どう変化していくのか? それとも変化しない性質なのか?

獅子王丸は、それを注意深く見届けていく必要があった。

A中が医療少年院に入って、間もなく3年が経とうとしていた。

泉獅子王丸

2009年12月31日。

「おー、今年もいよいよ終わりか。俺はどんどん年老いていくな」

獅子王丸の愚痴を聞いて、A中は笑った。

「泉さんは変わっていないですよ。初めて会った5年前から」

「もう5年経つのか。A中君は自分の変化は感じているの?」

「さすがに少しは変わったと思いますよ。あ、僕が今、泉さんに襲いかかったらどうしますか?」

この唐突な問いかけは、初めて接見した5年前にも唐突に行われていた。

「迷わず自分を守るさ」

獅子王丸は5年前に答えた言葉をそのまま繰り返した。
本当に自分は成長できていないなと苦笑しながら。

5年前は「ふーん」で終った会話だったが、今回は終わらなかった。

泉獅子王丸

「僕は全力で、自分の命が続く限り、泉さんの命を奪いにいくんですよ?」

「こっちも命がけで守るからな」

「守る…じゃ弱いんですねー。多分それだと殺されますよ。僕かもしれないし、僕じゃない誰かに」

「…」

久しぶりに背中から冷たい汗が流れた。

A中の怪物が顔を出そうとしているのだろうか?

「泉さんは本気で僕を殺しにこなきゃー。本当に僕を殺すしか、生き残る道はないんです」

しばらく沈黙が続いた。

沈黙の中でも、少しずつ獅子王丸の中に、怒りに似た力が漲ってきた。
これが生存本能なのかと思いながら、低い声を出した。

「そうだな。すまない、許してくれ。俺はお前を殺す」

泉獅子王丸

「そうそう!」

A中が無邪気に笑った。

「その目とそのオーラですよ。あの親子にはそれが無かった。あれば僕は引いていたかもしれない。半分くらいは」

「頼む。教えてくれ。それ以外にあの親子が助かる道はなかったのか?」

「ないですね。泣いて懇願してきても、躊躇なく殺せますし。しいて言えば、子供を置いて全力で逃げることかな。どちらを狙うかはその時になってみないと分からないけど、どちらかは助かるかもしれませんね」

「分かった。ありがとう。ちょっと退出させてくれ」

獅子王丸はトイレに駆け込んだ。息が激しく乱れていた。

絶望、怒り、悲しみ、焦り、嫌悪。


あらゆる負の感情に全身が支配されて、トイレで吐いた。

泉獅子王丸

それでも吐き切った後の獅子王丸の心には、微かに希望の光が宿っていた。

A中本人は気付いていないかもしれないが、5年前とは明らかに言葉の中身が異なっていたのだ。

おそらく怪物は獣にスケールダウンした。大勢の人達のサポートのおかげで。

怪物は自分の命を意識しない。誰の命にも興味を示さない。
それが5年前のA中だった。

しかし、獣は違う。自分の命を優先する。
そして獣になったA中ならば、まだやりようはある。

怪獣(クール)

ただ…、ここから先は教育の限界との戦いになるかもしれない。

獅子王丸は、これまで多くの「人間の皮を被った獣」と向き合ってきた。
捕まえるだけでなく、その後が大切だと、彼らへ偉そうに説教もした。

しかし、それでは何も変わらなかった。

最近になって分かってきた。

自分が、そして世間が、彼らに愛を与えられなかったからだと。

ネットキャンバス

愛は人間の悪を浄化するという。

ただ…それが完璧にできる人間などいるのだろうか? 

いるならば、どうかお願いだから会わせてほしい! そのモデルを是非見てみたい! 教えを乞いたい!

獅子王丸は、悪い人間を捕まえたくて警察官になったわけではない。皆が幸せになれる道を探していただけだった。

しかし現実は残酷だ。

警察官になってしばらく経つと、犯罪者を止める最後の一線は、檻でもムチでもないことに気付いてしまったのだ。

ネットキャンバス

そこから先は虚しさとの戦いだった。

もちろん、今の日本では檻とムチを使うしか選択肢がない。
それでは犯罪が減らないと分かっているのに、その野蛮なシステムを使うしかないのだ。

答えが分かっているのに実現不可能な現実。指をくわえて見ているだけの自分。
こんな無慈悲なことがあるだろうか。

「愛と絆で社会を包み込む」

そんな綺麗ごとのシステムを構築するなど、夢のまた夢の現代社会においては…。

2012年3月1日。

この日が、A中が医療少年院を仮退院した日となった。
A中は24歳、獅子王丸は40歳になっていた。

仮退院は、A中に施された特別な措置ではない。
まずは仮退院をして、国に保護観察されるのが通常の流れだった。

それは厳しさであり優しさでもある。

保護観察期間中に何も問題を起こさなければ…、という厳しい意味と、社会に慣れる助走期間を設けてあげよう、という優しい意味だ。

A中の保護観察期間は10か月。

つまり、この8年間と10か月という期間を経て、完全に社会復帰を果たすのだ。

世間の声は分かる。

短すぎる。そんなに早く出てきてしまうのか? 怖い。大丈夫か? 再び凶行に及ぶ危険性は? せめてどの地域に住むのか教えてほしい。

獅子王丸は、期間に言及することも、世間の声に返答することもできなかった。

獅子王丸にできるのは、世間の心配が現実にならないように、今の行動を続けることだった。

これまで獅子王丸は関係者の誰よりもA中に厳しく接してきた。
皆が許可するところも獅子王丸だけは反対し続けていた。

それも愛だと自分へ必死に言い聞かせながら。

泉獅子王丸

A中は、保護観察が始まって最初の3か月を保護観察所で過ごした。
そして4か月目からは、都内にある身元引受人の家で生活を始めた。

不自由ない毎日を過ごすA中だったが、本人の強い希望で塗装工のアルバイトを始めた。
8年間、職業訓練で磨いてきた技術を試してみたかったのだ。

一方で、獅子王丸との関係は変わらなかった。
これまで同様、月に2度か3度は顔を合わせて話をした。

変わったのは、場所が「施設」から「A中の部屋」に、そして「接見」という形が「厳しい兄が弟に会いに行く」という形になったくらいか。

そう。歳は離れているが8年来の付き合いとなっている。
すでに兄弟のように本音をぶつけ合える仲になっていたのだ。

そして今日も、かなりキワどい会話を繰り広げていた。

ネットキャンバス

A中は、自分のホームという安心感もあったのだろう。
その内容には、似つかわしくない快活な笑顔で断言した。

「僕はその後、まだ人を殺してないだけですよ。泉さんだってそうだし、皆そうでしょ? いつその時がくるか、もしくは来てしまうのか、誰にも分からないんだからw」

「そう…だな」

特に問題はなかった。

A中に潜む「獣」が消えたかは分からないが、今の言葉は、むしろ客観的視点が入った「正論」だと判断したからだった。

そして今や、獅子王丸も監視に来ているわけではない。
いざとなれば兄としてブレーキをかけるが、それもお互いさまなのだ。

A中の言葉通り、人は誰しも、危うさを持つ存在なのだから。

2012年12月31日。

A中の保護観察期間は、何の問題もなく終了した。
そう。意外なほど呆気なく終了したのだった。

もうA中を引き留めるモノも監視するシステムもない。
彼は国の責務を終え、完全に「自由の身」となったのだ。

殆どの国民は、この事実を知らない。
だが、ずっと見つめてきた獅子王丸は感慨深い思いで一杯だった。

A中は、もはやA中ですらないのだ。
身元引受人が里親となり、正式な息子として認められたため、S本に変わっていたのだった。

獅子王丸は、その夜、S本を連れて居酒屋を訪れた。

二人で酒を飲むのは初めてだった。

二人は飲みながらも、これまでの8年間を振り返った。

確かに獅子王丸のわずかな変化に比べて、S本の変わりようは凄まじかった。
何の問題も起こさないどころか、最初から最後まで模範生であり続けた。

もちろんそれが今後の保証とはならない。
少年院を退所後、すぐに再犯をした者を、獅子王丸はたくさん知っていた。

そしてS本自身、自分が許される人間でないことは強く自覚していた。

獅子王丸は遺族とも連絡を取っていたが、謝罪に行きたいというS本の申し出は頑なに断られ続けていたのだった。

泉獅子王丸

飲み始めて2時間。

二人ともだいぶ酔いが回ってきた。

ふとS本が神妙な声色で話しかけてきた。

「泉さん…」

「ん?」

居酒屋の騒がしい席だ。周りの誰も、こんな一般人の会話など気に留めない。

「僕が今、包丁を持って泉さんに襲いかかったらどうします?」

またしても唐突な質問だった。

「そうだな。好きにしてくれ」

獅子王丸は、心の底からそう思っていた。

遠くの席から大きな笑い声が響いた。

ネットキャンバス


S本は、獅子王丸の、あまりに無防備な返答に小さく笑った。

「ふふっ…」

そして再び神妙な声を出した。

「襲うわけないじゃないですか。僕はもう今日から守る側になったんですから」

「何だよ、俺を年寄り扱いして…」

泉獅子王丸

「いえホントです。今日まで守って頂きありがとうございました。これからは僕が守る番です」

周りで飲んでいる誰も、この言葉の重さを知らない。
当然だ。誰も16歳の頃のA中B太を知らないのだから。

獅子王丸は思考が止まってしまい、何の言葉も出てこなかった。
だから黙って、自分のビールジョッキをS本のグラスにコツンとぶつけた。

【ようやく…、本当にようやくだ…】

その心の声は、言葉として漏れ出したのだろうか?

怪物は獣になり、獣が今、人間に戻った…】

ようやくそう確信できたのだ。

本当にもう年かもしれない。
S本の輪郭がぼやけてきた。
続いて目頭がじんわり熱くなってきたのを、獅子王丸は感じていた。

-f i n-

出雲美紀

普段、獅子王丸さんと話している時は気付きませんでしたが、凄い世界にいたのですね。知らずに守られていた私達は…、改めて感謝致します

伊藤明日香

先輩とは志も経験も比べ物になりませんが、ただ信じてついていきます

富士サスケ

オヤジは固すぎるけど、大した男だぜ

高見宗太郎

あぁ、先日お会いしたS本さんですね…。これで話がつながりました。私もチームに入りますよ


長考なのか、迷いなのか?

2022年3月1日

当時の日記より

私はついに警察を辞める決断を下した。

勤続30年を目前にしてのことだった。

在籍中、いつも頭にあったのは、警察の存在意義、悪とは何か、そして自分は何をすべきか、の3つだった。

自分では、ずっと長考していると思っていた。

例えるなら、将棋の名人が、様々な可能性を考え抜き、最後に渾身の一手を指すための。

しかしどうやら、長い間、迷っていただけらしい。
今では、何が良くて何が悪いかさえも分からなくなっている。

考える人 泉獅子王丸

長考なのか、迷っているだけなのか?

この違いはとてつもなく大きい。

迷っているだけならば、この五里霧中から抜け出すためにも警察を辞めるしかなかった。

後悔はないが、結果だけを見れば、すぐに辞める決断ができたあいつに大きな遅れをとったことになる。

あいつは昔からこういった嗅覚が優れていた。
私にはそれがないから、これだけの年月がかかったのだろう。

だが、私はこの経験を無駄にはしない。
この特殊な経験を、一般社会での経験と融合させ、より良き一手を目指していく。

残りの人生に未練はないし、ここからはもう、どんなに長考しても構わないのだ。

-f i n-

伊藤明日香

先輩にどこまでもついていきます

渡辺皇海

獅子王丸さんの眉間のシワが深いのは、いつも何かを深く考えているからなんですね…


老いる順番

2022年11月25日

当時の日記より


自然界の法則は、上手くできていると感心することが多い。

最近では、人の老いについてもそうなのだと気が付いた。

殆どの人間は、体の衰えを先に感じる。

この流れは非常に助かる。

仮に逆ならば、人は人でなくなる危険性がある。

筋力や体力は発達していても頭が弱ってしまっては、獣を世に放つようなものなのだ。

ネットキャンバス

また、体の老いを先に感じることで、人生をより充実したものにできるメリットもある。

小学生の頃の夏休みを思い出してほしい。

満足しなかった人も多いと思うが、それは先にある「終わり」を上手くイメージできなかったからに他ならない。

対して、中学生、高校生ともなれば、夏休みの半分が過ぎたあたりから、色々な計算ができるようになる。

宿題の進捗状況、新学期の準備、残り少ない休みを無駄にしたくないという意識。

それらが夏休みの後半を充実させるのだ。

泉獅子王丸

まさに人生にも同じことが言えるだろう。

体の老いを先に感じることで、正常な頭が「終わり」を意識し、大切にしようとする心構えが生まれてくるのだ。

【もうあまり馬鹿なことばかりできないな…】と自制心が働くのだ。

これが逆ならばどうなるか?

人生が永遠に続くと勘違いしながら、無茶苦茶な言動をとる人間が増えるだろう。
老人ホームや介護施設などの負担は計り知れないものとなる。

「体が先、頭が後」で本当に助かった…。

これが私の率直な感想だ。

-f i n-

佐々木拓海

そ、そうですよね。老いを感じれば、僕も変われますよね?

伊藤明日香

先輩ならば、幼稚園の頃から、無駄のない充実した夏休みを過ごされていたことでしょう

富士サスケ

伊藤シス、それは本気か? ボケか?


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