【こんな時もありましたなぁ…】ネッキャン発足以前のエピソードB

目次

メンバーエピソード(読みたいメンバーをクリックしてください)


高見宗太郎(60歳当時)

2022年6月2日

高見夫妻は本当に実在するのか?

登場人物

高見宗太郎
(60歳当時)

高見宗太郎

「BENTO & SWEETS Bサイン」には、毎日、多くの常連客が訪れる。

高見という同じ名字を持つ中年の男女も、よく訪れる常連客だった。
ただ、二人は…。

ー月曜日ー

斎藤千歳

あ、高見さん、おはようございます。今日は奥さん出張なんですね

ー水曜日ー

神足悠香

こんにちは、高見さん。ご主人は今日、外食なんですか?

ー金曜日ー

佐々木拓海

高見さん、おはようございます。あれ、今日も奥さん出張ですか。お忙しいんですねー

ー土曜日ー

斎藤千歳ソフィ

あら高見さん。ご主人は今日は? あ、ゴルフですか。ではゆっくりされてくださいね


ーBサイン 閉店後ー

神足悠香

店長、高見夫妻って本当に実在するんですか?

佐々木拓海

誰も二人が揃っているトコ見ていないですよね?

斎藤千歳

そう言われてみれば…、私も4年間、一度もないです

神足悠香

確かご主人がカウンセラーで、奥さんが心理学の教授でしたっけ?

斎藤千歳ソフィ

はい。奥様が出張で家を空ける時は、ご主人がお弁当を買いに来て、ご主人が家にいない時は、奥様は料理をしないという主義なので、自分の分だけお弁当を買いに来る、というお話を聞いています

佐々木拓海

ただ、その情報だけだと、他人の偶然の一致の可能性も残されますね

神足悠香

お家はどのへんなんですかねー?

佐々木拓海

駅に行くちょうど中間地点にBサインがあるって、前に高見さんが言ってたよ

神足悠香

それどっちの高見…でもいいか。そうなると、ここから5分程度。普通に二人で歩いているところを見かけても良さそうな距離ですね…

斎藤千歳ソフィ

まぁまぁw、詮索はそれくらいにして…。それに以前話したネットキャンバスというサークルの立ち上げに、高見さん夫妻も誘ってみようと考えていますから

佐々木拓海

へー、本当に色んな人を誘うんスね

斎藤千歳ソフィ

お二人が承諾して頂けたなら、晴れて同時に見ることができますよ

神足悠香

楽しみー! 私の中では都市伝説的な夫婦なので


ー2022年7月 同じくBサインの閉店後ー

斎藤千歳ソフィ

今日は二人に、嬉しいお知らせと残念なお知らせがあります

佐々木拓海

えっ?ドキドキしますね

神足悠香

店長、どちらを先に聞きたい?とかはメンドイんでやめてくださいね

斎藤千歳ソフィ

はい…。では気を取り直して。先ほど高見さんから電話がありました。ご主人のほうはネットキャンバスに喜んで入らせて頂きますとのことでした。奥様は、多忙のため難しいそうですが、私がお願いして、外部のアドバイザーという形で就任して頂けましたー

佐々木拓海

おー、大学の教授がアドバイザーについてくれるなら、どちらも嬉しいお知らせでいいんじゃないですか?

神足悠香

私はやっぱり残念よ。これでまた二人を同時に見る機会が失われたもの

斎藤千歳ソフィ

ミステリーは継続ですね

佐々木拓海

これで、神楽坂さん、星野さん、毛利さん、店長、僕、悠香ちゃん、隼さん、サスケくん…なので、高見さんが9人目のメンバーとなりますね

斎藤千歳ソフィ

では、とりあえず今は、現メンバー3人で乾杯しましょうか?

神足悠香

さんせーい!

佐々木拓海

さんせーい!

-f i n-

星野彩美

…って、宗太郎が一回も顔出さないやないかーいっ!


矢祭麻衣子(0歳~18歳当時)

1988年12月31日

「占い師」矢祭麻衣子の誕生

登場人物

矢祭麻衣子
(幼少時)

矢祭麻衣子は、特殊な人間だった。

人とは違った感覚。いわゆる「スピリチュアルな力」を幼い頃から持っていた。
霊感とはまた違う。幽霊が見えるわけでもない。

しいて言えば、野生動物の感覚に近い。
身の回りに存在する「何か」を感じ取る能力が、格段に優れていたのだ。

ただ、全ては自然なことのようにも思える。

出生時、「母子ともに諦めてください」と医師から言われたが、麻衣子だけが生き残った。

神社の宮司の一人娘だったため、巫女として育てられた。

自宅兼神社が山奥であるため、幼い頃の遊び相手は、裏山に来る鹿や猪、狸にリスだった。「何か」を感じ取る能力は、彼らから学んだのかもしれない。

父は神事で忙しく、話し相手は、境内にある大きな「ご神木」だった。
小学校に入るまでは、その200歳の杉の木と、普通に会話ができていた。
ちなみに当時は、その木を「お母さん」と呼んでいた。

父は、プライベートでは寡黙な人だったため、宮司と巫女の関係性のほうが強かった。

生まれた時からこんな生活を繰り返せば、特殊な能力くらい身に付くのかもしれない。小学生の頃には、神社で行われる神職活動は全て覚えてしまっていた。

とは言っても、麻衣子が自分の能力に気付いたのは、中学に入ってからだった。

自分にとっては当たり前のことが、他の子達にはできず、理解もされなかったことに驚いた。

ちなみに小学生までは、自分が変わっている自覚くらいはあったので、あまり素を出さないよう、目立たないよう、おとなしくしていた。

人口3000人ほどの小さな山間の町だ。
巫女をやっているのは、皆に知れ渡っていて、同級生からは「神の使い」という変な先入観を持たれていたのだから尚更。

しかし、中学に入って自我が急速に発達すると、思ったことや感じたことをすぐに口にしてしまうようになった。

例えば…、

朝、そわそわしている男の子に「気をつけなー。ケガするよー」と言えば、午後に階段から落ちて骨折。

顔色がいつもより悪く見える女の子に「大丈夫? 無理しないで気分悪くなったら保健室に行きなよ」と言えば、すぐに高熱が出て病院へ。

担任の女の先生の目元が優しくなってきたため、「あー先生、結婚するかもねー」とつぶやけば、翌週に結婚の発表が。

問題は、麻衣子にとって「そう見えた」ことが、周りにとっては「そう見えなかった」ことだった。

そのためクラスメイトは、青天の霹靂のように驚き、麻衣子を「預言者」と呼んで面白がったり気味悪がったりした。

もちろん麻衣子の言葉が全て当たるわけでもなければ、言葉にできない不思議な感覚もあった。

それでも麻衣子が発する「何か嫌だ」「暗い色が見える」「それでいいと思う」「ちょっといい予感がする」などの言葉の端々に、同級生達は一喜一憂した。

ただ次第に、麻衣子は自分の力について分かってきたこともあった。

「自我が入ってくると精度が下がる」ことだった。

ふと感じたことならば大抵当たるのだが、当てよう、当てたいと自我が入ると驚くほど当たらなくなる。

自分の恋愛などは、完全にナビが狂っていた…。

麻衣子が中学3年生の頃には、町中に麻衣子の噂が知れ渡っていた。

「神社の娘の占いが恐ろしいほど当たる…」と。

麻衣子は占いをした覚えは一切ないのだが、噂とはそういう性質をもつのだと理解した。
そして逆に、「占い師」という職業に興味を持った。

一方で困ったのは、家にまで町民が訪ねてくるようになったことだった。

初めは仕方なく、感じたことをそれぞれに告げていたが、すぐに日常生活への支障が出始めた。

父と娘はどう対応すべきか考えた。考えたが、二人に正解のお告げが降りてくることはなかった。

父親がとった苦肉の策は、麻衣子に神社の「おみくじ」とは別の「麻衣子くじ」を作らせることだった。
もちろん正式に巫女として祈祷し、神社の信仰や伝統に基づいて文言を記入していった。

狙いは的中し、「麻衣子くじ」は飛ぶように売れた。

そして人々の興味が「良く当たるおみくじ」に移行したおかげで、麻衣子自身が追いかけ回されることはなくなった。

麻衣子が高校生になると、初めて心を許せる親友ができた。

西谷有希子。隣の市に住む背の高い女の子だった。

学内のテストでは、いつも有希子が1位で麻衣子が2位だったので、ライバル関係でもあった。

有希子は、多分、占いを信じていなかった。いや、占いに頼らないといったほうが正確か。
だからこそ二人はいつも対等で、自由に自らの考えをぶつけ合った。

麻衣子にとっては、「巫女」としてではなく「矢祭麻衣子」という人間を認めてくれた初めての人間だったかもしれない。

有希子と仲は良かったが、喧嘩もかなりした。

まだ二人とも不完全な子供だったから、どちらも間違えていたこともあっただろう。
それでもぶつかり合うことで、少しずつ自分達が成熟していくのを感じていた。

結局、有希子とは最後まで対極的なスタンスで向き合い続けた。
直感的な麻衣子と理論的な有希子。
人の心に興味がある麻衣子と体に関心がある有希子。

卒業後の進路もバラバラになったが、ずっと二人は親友であり続けた。

生まれた時から巫女という仕事につくことが決まっていた麻衣子。
そこにはずっと、自分でも気付かぬ閉塞感が漂っていた。

しかし有希子の「占い師として個人活動もしていけば、自由な広がりを持つ」とのアドバイスで視界は開かれた。

元々、占いに興味はあったし、自分の中ではそれが自然なことのようにも思えるようになった。

実際は、いくつか問題や困難もあったのだが、それも有希子が応援してくれたおかげで乗り切れた。

18歳で、占い師としての活動を始めた矢祭麻衣子。

実はその2年後。
西谷有希子が隼有希子に変わる時に、少しだけ関わっていた。

まだ若く、結婚すべきか迷っていた有希子の背中を押したのが、麻衣子の占いだった。

「うん。この人となら結婚したほうがいいよ」

有希子は相変わらず占いを信じていないのだが、「麻衣子の占いなら信じる」と言って決断してくれた。

麻衣子はそれがちょっと誇らしくて、とても嬉しかった。

そしていつも思うのだ。

自分の占いが、少しでも誰かの役に立てばいいと。

人には限界があるから、背中を押す役に。
人は弱い存在だから、勇気の杖とする役に。
人は迷う生き物だから、地図とコンパスになる役に。

そんな巫女と占い師になりたいと。


-f i n-


出雲美紀

私はネッキャンに入る前から麻衣子先生の占い信者でした! ですからお会いできて本当に光栄なんですぅ

神楽坂美咲

矢祭先輩のルーツ。なかなか興味深いものがありますね

佐々木拓海

うーん、矢祭さんと神楽坂さん、タイプ的には近いモノを感じますが、人としては真逆なんですよねぇ。うーん…


泉獅子王丸(32歳~40歳当時)

2004年6月20日

泉獅子王丸とA中B太(前編)

登場人物

泉獅子王丸
(35歳当時)

日本では何年かに一度、人々を震撼させる重大事件が起きる。

2004年に起きた、16歳の少年による、猟奇的殺人もその1つだった。

連日、ニュースやワイドショーで放送され、事件の詳細や背景、犯人の動機、予想される刑の重さなどが解説された。

視聴率も取れたのだろう。どのチャンネルも、似たような内容を繰り返し流し続けていた。

そんな中、泉獅子王丸は、独自のルートを使って少年とのコンタクトを取り始めていた。

TV

時は押し出されるように進んでいった。

世間では、新たなトピックスが次々と生まれ、少年のニュースは次第に流れなくなった。

だからこそ多くの人は、「事件のその後」を知らない。
少年が出所した後に、どんな人生を歩んでいくのかも…。

泉獅子王丸を除いては。

泉獅子王丸

重大事件の犯人のその後…。

あれほど煽っていたメディアがパタッと伝えなくなるのはなぜか?

視聴率が取れないからではない。需要は確実にある。

最大の理由は、プライバシーの保護だ。そして社会復帰の妨げになるからだった。
現在の日本では、出所者の情報が報道されることで、地域社会で受け入れられにくくなり、再犯につながるリスクが高まってしまうのだった。

住宅地

話を2004年に戻そう。

少年の名は「A中B太」。

当時、自宅の庭で遊んでいた母子を見かけると、塀を乗り越え襲い掛かった。
近所に誰もいなかったのが不幸に追い打ちをかけた。
包丁で切り付けられた母子は、必死の抵抗も虚しく、殺害されてしまったのだった。

そしてこの事件が猟奇的殺人と呼ばれるようになった最大の理由は、A中が二人の肉を食したからだった。

サイコパス。

A中には、そのレッテルが貼り付けられた。

しかし獅子王丸は、そう結論付けるのは危険だと考えていた。

サイコパスは、男性の3%、女性の1%存在するというデータがある。
つまり日本には150万人のサイコパスがいる計算になり、それではとても警察だけでは防ぎきれない。

だからこそ獅子王丸は、A中が医療少年院に入ってからも接見を繰り返した。

世の中には、サイコパスと呼ばれるパーソナリティでも、善良な人はいる。
では罪を犯す人と犯さない人の違いはどこにあるのか?

獅子王丸はそれが知りたかった。

泉獅子王丸

A中は、一見すると、どこにでもいる普通の少年だった。

会いに行くと、いつも頭の後ろに小さなかわいい寝癖をつけていた。

基本的には地味で大人しいのだが、自分の興味がある話題になると、若干、声のトーンが上がって目の輝きが増した。
そして時々、相手の反応を確かめるように、こちらの目を覗き込んでくる。

逆に、興味がないことや散々聞かれてきたことに関しては、明らかに面倒くさそうな態度を見せた。

獅子王丸は当初、A中にサイコパス特有の匂いを感じ取れなかった。

ただ、気難しいタイプなのは、すぐに分かった。
実際、信頼関係を作ろうと、積極的にアプローチしたのだが、上手くいかないことのほうが多かったのだ。

泉獅子王丸

6回目の接見の時だった。

A中は初めから不機嫌だった。
獅子王丸の話に相槌すら打たなくなり、明らかに「早く帰れ」との姿勢を見せた。

ついには我慢できなくなったのかもしれない。
自ら事件の核心を語り始めた。

「なぜ殺した? 何で肉を食べた? どうせ泉さんもそれが知りたいんでしょ? もう散々皆に言ってきたんだけど…」

「いや、それは…」

「殺したらどんな感じだろう? 食べたらどんな味がするんだろう? 本当にただそれだけ。それ以上でも以下でもない」

「いや、人をそんな理由で殺せるはずが…」

「ほらね。皆そう言うんだよ。今日はもう話すことはないんで、帰ってくださいね」

A中はそう言い残して部屋を出ていこうとした。そしてドアを開ける直前に振り向いた。

「あと泉さん…、僕の次に喋る時、必ず「いや…」ってつけますよね。すんごいムカつくんですけど」

「あ、いや…」

その言葉がA中に届かない可能性を獅子王丸は願った。すでに彼の体の半分は、部屋を出ていたからだった。

獅子王丸が多用していた、枕詞としての「いや…」。

指摘されたことで素直に反省した。
無意識に警察官としての自分、犯罪者を否定したい本音が出ていたのかもしれない。

今の自分は、A中を責めにきたわけではなく、むしろ教えを乞う立場だった。
二度とこんな事件が起きないためにも。

そして改めて、A中の「動機」を嚙み締めた。

「殺したらどんな感じだろう? 食べたらどんな味がするんだろう?」

理解はできないが、頭で反芻するほどに戦慄が押し寄せてくる。

これまでたくさんの犯罪者と接してきた。
同じサイコパスでも、そこには絶望や、悪意や、怒りが見て取れた。

少なくとも彼らは、サイコパスという人格を持った感情のある人間だった。

しかしA中は違う。
怪物だ。

感性が通常のレベルを超越している。
おそらくA中は、人をアリ程度にしか見ていないのだろう。それとも自分を神と錯覚しているのだろうか?

怪物

【いや…違う…】

これまでのA中に、そんな尊大な態度や見下すような発言はなかった。

【むしろ…無垢なのか? 赤ちゃんのような好奇心なのか?】

善悪の分からない赤ちゃんならば、ブレーキがかからなかったとしても不思議ではないのか?

【しかし…】

獅子王丸は混乱していた。

【人間が何も学習をしないことなど…、16年間、社会化を拒否し続けることなどできるのだろうか?】

結局、この日の獅子王丸に答えは出せなかった。

サイコパスの持つ闇の深さを見せつけられただけだった。

A中が医療少年院で受けているプログラムは以下の通りだった。

1:学業教育(基本的な学科の教育)

2:職業訓練(社会復帰の基盤となる職業に就くため、技術的なスキルを身につける)

3:心理サポート(カウンセリングや心理療法を受けることで自分の心を見つめ直す)

4:社会復帰プログラム(社会生活、人との関わり合いをグループワークやロールプレイングで学ぶ)

事件の性質とA中の希望を尊重しながら、プログラムは柔軟に進められた。

一度はへそを曲げて、獅子王丸との接見を断り続けたA中だが、再び受け入れてくれるようになった。

半年ぶりに会ったA中は、「いい暇つぶしになるから」と「一番、僕に会いに来てくれる人だから」と、はにかむように笑った。

A中は、院内では模範的な人間だった。
問題行動を起こさないどころか、積極的にプログラムに参加していると、担当教官が誇らしげに伝えにきていた。

それは獅子王丸にとっても喜ばしいことだったが、不安を軽減させるほどではなかった。

元々、A中の攻撃性は高くない。衝動性も低い。
好奇心は旺盛だから、自分に足りない点を補うプログラムに積極的なのも頷ける。
知能も高いため、今のところ全てのプログラムが順調に進んでいるのだろう。

しかし、繰り返し接見をしている中で確信があった。

全ては心の上辺だけだと。

「彼の怪物たる無意識は、果たしてどうなった?」

獅子王丸の関心はその一点だけにあった。


-つづく-


泉獅子王丸とA中B太(後編)

登場人物

泉獅子王丸
(35歳当時)

サイコパス。

犯罪者の多くはサイコパスな面を持っている。
いや…、サイコパスと呼ぶから、変に誤解されてしまうのかもしれない。
獅子王丸が警察官になった頃は、「反社会的人格障害」と呼ばれていた。

通常、人は成長するにつれ、社会に適応していくものだ。
社会からそれを求められるし、自分も適応しないとしんどいからだ。

しかし、誰しもその「社会化の積み残し」が起こる可能性はある。

果たして日本全国に、サイコパスの要因たる「反社会的な傾向」を完全に否定できる人間がどれほどいるだろう?

獅子王丸は久しぶりに、自分がどれほどクリアーできているかを自問した。

1、口達者で嘘を平然とつく

2、自己中心的でわがままな性格

3、結果のためには手段を選ばない

4、人の気持ちを分かろうとしないため、共感ができない

5、他人を自分の思い通りに操りたがる

6、自分の間違いを認めず他のモノのせいにする

7、人としての良心が欠けている

8、自慢話が大好きで謙虚さがない

9、より強い刺激を求め続ける

10、人付き合いが苦手で友人が少ない

誰しも多少は思い当たる点があるはずだ。

そう。完璧な人間などいないように、サイコパスも特別ではない。
そして、最初からのサイコパスなどおらず、生まれつきの犯罪者もいない。

自分を含め、皆、理性で「悪」に蓋をしているだけなのだ。
逆を言えば、理性で蓋をしなければ、誰もが犯罪者になってしまう危険性があるのだ。

A中のサイコパスな内面は、特に、4と7と9と10が顕著だと獅子王丸は見立てていた。

それが果たして、どう変化していくのか? それとも変化しない性質なのか?

獅子王丸は、それを注意深く見届けていく必要があった。

A中が医療少年院に入って、間もなく3年が経とうとしていた。

泉獅子王丸

2009年12月31日。

「おー、今年もいよいよ終わりか。俺はどんどん年老いていくな」

獅子王丸の愚痴を聞いて、A中は笑った。

「泉さんは変わっていないですよ。初めて会った5年前から」

「もう5年経つのか。A中君は自分の変化は感じているの?」

「さすがに少しは変わったと思いますよ。あ、僕が今、泉さんに襲いかかったらどうしますか?」

この唐突な問いかけは、初めて接見した5年前にも行われていた。

「迷わず自分を守るさ」

獅子王丸は5年前に答えた言葉をそのまま繰り返した。本当に自分は成長できていないなと苦笑しながら。

5年前は「ふーん」で終った会話だったが、今回は終わらなかった。

泉獅子王丸

「僕は全力で、自分の命が続く限り、泉さんの命を奪いにいくんですよ」

「こっちも命がけで守るからな」

「守る…じゃ弱いんですねー。多分それだと殺されますよ。僕かもしれないし、僕じゃない誰かに」

「…」

久しぶりに背中から冷たい汗が流れた。

A中の怪物が顔を出そうとしているのだろうか?

「泉さんは本気で僕を殺しにこなきゃー。本当に僕を殺すしか、生き残る道はないんです」

しばらく沈黙が続いた。

沈黙の中でも、少しずつ獅子王丸の中に、怒りに似た力が漲ってきた。
これが生存本能なのかと思いながら、低い声を出した。

「そうだな。すまない、許してくれ。俺はお前を殺す」

泉獅子王丸

「そうそう」

A中が無邪気に笑った。

「その目とそのオーラですよ。あの親子にはそれが無かった。あれば僕は引いていたかもしれない。半分くらいは」

「頼む。教えてくれ。それ以外にあの親子が助かる道はなかったのか?」

「ないですね。泣いて懇願してきても、躊躇なく殺せますし。しいて言えば、子供を置いて全力で逃げることかな。どちらを狙うかはその時になってみないと分からないけど、どちらかは助かるかもしれませんね」

「分かった。ありがとう。ちょっと退出させてくれ」

獅子王丸はトイレに駆け込んだ。息が激しく乱れていた。

絶望、怒り、悲しみ、焦り、嫌悪。
あらゆる負の感情に全身が支配されて、トイレで吐いた。

泉獅子王丸

それでも吐き切った後の獅子王丸の心には、微かに希望の光が宿っていた。

A中本人は気付いていないかもしれないが、5年前とは明らかに言葉の中身が異なっていた。

おそらくだが、怪物は獣にスケールダウンした。大勢の人達のサポートのおかげで。

怪物は自分の命を意識しない。誰の命にも興味を示さない。
それが5年前のA中だった。

しかし、獣は違う。自分の命を優先する。
そして獣になったA中ならば、まだやりようはある。

ただ、ここから先は教育の限界との戦いになるかもしれない。

獅子王丸は、これまで多くの「人間の皮を被った獣」と向き合ってきた。
捕まえるだけでなく、その後が大切だと、彼らへ偉そうに説教もした。

しかし、それでは何も変わらなかった。

最近になって分かってきた。

自分が、そして世間が、彼らに愛を与えられなかったからだと。

愛は人間の悪を浄化するという。

ただ…それが完璧にできる人間などいるのだろうか? 

いるならば、どうかお願いだから会わせてほしい! そのモデルを是非見てみたい! 教えを乞いたい!

獅子王丸は、悪い人間を捕まえたくて警察官になったわけではない。皆が幸せになれる道を探していただけだった。

しかし現実は残酷だ。

警察官になってしばらく経つと、犯罪者を止める最後の一線は、檻でもムチでもないことに気付いてしまったのだ。

そこから先は虚しさとの戦いだった。

もちろん、今は檻とムチを使うしか選択肢がない。
それでは犯罪が減らないと分かっているのに、その野蛮なシステムを使うしかないのだ。

答えが分かっているのに実現不可能な現実。指をくわえて見ているだけの自分。
こんな無慈悲なことがあるだろうか。

「愛と絆で社会を包み込む」

そんな綺麗ごとのシステムを構築するなど、夢のまた夢の現代社会においては…。

2012年3月1日。

この日が、A中が医療少年院を仮退院した日となった。
A中は24歳、獅子王丸は40歳になっていた。

仮退院は、A中に施された特別な措置ではない。
まずは仮退院をして、国に保護観察されるのが通常の流れだった。

それは厳しさであり優しさでもある。

保護観察期間中に何も問題を起こさなければ…、という厳しい意味と、社会に慣れる助走期間を設けてあげよう、という優しい意味だ。

A中の保護観察期間は10か月。

つまり、この8年間と10か月という期間を経て、完全に社会復帰を果たすのだ。

世間の声は分かる。

短すぎる。そんなに早く出てきてしまうのか? 怖い。大丈夫か? 再び凶行に及ぶ危険性は? せめてどの地域に住むのか教えてほしい。

獅子王丸は、期間に言及することも、世間の声に返答することもできなかった。

獅子王丸にできるのは、世間の心配が現実にならないように、今の行動を続けることだった。

これまで獅子王丸は関係者の誰よりもA中に厳しく接してきた。
皆が許可するところも獅子王丸だけは反対し続けていた。

それも愛だと自分へ必死に言い聞かせながら。

A中は、保護観察が始まって最初の3か月を保護観察所で過ごした。
そして4か月目からは、都内にある身元引受人の家で生活を始めた。

不自由ない毎日を過ごすA中だったが、本人の強い希望で塗装工のアルバイトを始めた。
8年間、職業訓練で磨いてきた技術を試したかったのだ。

一方で、獅子王丸との関係は変わらなかった。これまで同様、月に2度か3度は顔を合わせて話をした。

変わったのは、場所が「施設」から「A中の部屋」に、そして「接見」という形が「厳しい兄が弟に会いに行く」という形になったくらいか。

そう。歳は離れているが8年来の付き合いとなっている。
すでに兄弟のように本音をぶつけ合える仲になっていたのだ。

そして今日も、かなりキワどい会話を繰り広げていた。

A中は、自分のホームという安心感もあったのだろう。
その内容には、似つかわしくない快活な笑顔で断言した。

「僕はその後、まだ人を殺してないだけですよ。泉さんだってそうだし、皆そうでしょ? いつその時がくるか、もしくは来てしまうのか、誰にも分からないんだから」

「そう…だな」

特に問題はなかった。

A中に潜む「獣」が消えたかは分からないが、今の言葉は、客観的視点が入った「正論」だと判断したからだった。

そして今や、獅子王丸も監視に来ているわけではない。
いざとなれば兄としてブレーキをかけるが、それもお互いさまなのだ。

A中の言葉通り、人は誰しも、危うさを持つ存在なのだから。

2012年12月31日。

A中の保護観察期間は、何の問題もなく終了した。
そう。意外なほど呆気なく終了したのだった。

もうA中を引き留めるモノも監視するシステムもない。
彼は国の責務を終え、完全に「自由の身」となったのだ。

殆どの国民は、この事実を知らない。
だが、ずっと見つめてきた獅子王丸は感慨深い思いで一杯だった。

A中は、もはやA中ですらないのだ。
身元引受人が里親となり、正式な息子として認められたため、S本に変わっていたのだった。

獅子王丸は、その夜、S本を連れて居酒屋を訪れた。

二人で酒を飲むのは初めてだった。

二人は飲みながら、これまでの8年間を振り返った。

確かに獅子王丸のわずかな変化に比べて、S本の変わりようは凄まじかった。
何の問題も起こさないどころか、最初から最後まで模範生であり続けた。

もちろんそれが今後の保証とはならない。
少年院を退所後、すぐに再犯をした者を、獅子王丸はたくさん知っていた。

そしてS本自身、自分が許される人間でないことは強く自覚していた。

獅子王丸は遺族とも連絡を取っていたが、謝罪に行きたいというS本の申し出は頑なに断られ続けていた。

飲み始めて2時間。

二人ともだいぶ酔いが回ってきた。

ふとS本が神妙な声色で話しかけてきた。

「泉さん…」

「ん?」

居酒屋の騒がしい席だ。周りの誰も、こんな一般人の会話など気に留めない。

「僕が今、包丁を持って泉さんに襲いかかったらどうします?」

「そうだな。好きにしてくれ」

獅子王丸は心の底からそう思った。
遠くの席から大きな笑い声が響いた。
S本は、獅子王丸の、あまりに無防備な返答に小さく笑った。

「ふふっ…」

そして再び神妙な声を出した。

「襲うわけないじゃないですか。僕はもう今日から守る側になったんですから」

「何だよ、俺を年寄り扱いして…」

「いえホントです。今日まで守って頂きありがとうございました。これからは僕が守る番です」

周りで飲んでいる誰も、この言葉の重さを知らない。
当然だ。誰も16歳の頃のA中B太を知らないのだから。

獅子王丸は思考が止まってしまい、何の言葉も出てこなかった。
だから黙って、自分のビールジョッキをS本のグラスにコツンとぶつけた。

【ようやく…、本当にようやくだ…】

その心の声は、言葉として漏れ出したのだろうか?

怪物は獣になり、獣が今、人間に戻った】

ようやくそう確信できたのだ。

本当にもう年かもしれない。S本の輪郭がぼやけてきた。
続いて目頭がじんわり熱くなってきたのを、獅子王丸は感じていた。

-f i n-

出雲美紀

普段、獅子王丸さんと話している時は気付きませんでしたが、凄い世界にいたのですね。知らずに守られていた私達は…、改めて感謝致します

伊藤明日香

先輩とは志も経験も比べ物になりませんが、ただ信じてついていきます

富士サスケ

オヤジは固すぎるけど、大した男だぜ

高見宗太郎

あぁ、先日お会いしたS本さんですね…。これで話がつながりました。私もチームに入りますよ


長谷川光(17歳当時)

1999年9月15日

光の挑戦 前編

登場人物

長谷川光
(17歳当時)

高2の生徒会長、長谷川光の目の前には、3学年を合わせた550人の生徒がいた。

先生に頼み込んで、わざわざ臨時の全校集会を開いてもらっていたのだ。

静寂の中、光は一度大きく深呼吸をした。

「まずは固い話をさせて下さい」

話はそこから始まった。

全校集会

「私達の学校はとても自由です。私服OK、携帯OK、髪型自由、買い物自由。校則はないに等しく、私達は学生でありながら選択の自由、表現の自由、行動の自由を享受してきました」

「しかし、自由には責任が伴うものです。この度、学校及び生徒会に苦情が入りました」

「近隣の方達から道路の美化に協力してほしいとのことです。簡単に言うと、道路にゴミを捨てるなということです」

それまで黙って聞いていた生徒達が、ざわつき始めた。

光はそれを感じながら話を続けた。

女性がスピーチ中。ネットキャンバスの長谷川光。

「私達は、その責任が果たせないなら、自由も放棄しなくてはいけません。私は生徒会長として、先生方に3か月の猶予を頂きました。何とか3か月で結果を出したいと思っています」

「では、どうやって結果を出しましょうか?」

光の問いかけには、誰も反応できなかった。 

「私はここで、『みんなー!今日からゴミを捨てるのやめよーっ!』と言うつもりはありません。正直、そのやり方では不可能だからです。そして…、我が校は私服なので、商店街の皆さんも分かり難いと思いますが、普通に他の若者がゴミを捨てている現状もあるからです」

何人かが大きく頷いた。

「ですから、『みんなー!ゴミのポイ捨てしている人を見たら注意してねー!』と言うつもりもありません。余計なリスクを抱え込む必要はないからです」

「では皆さん、どうしましょうか?」

光は再び問いかけたが、数人が顔を見合わせるだけだった。

やはり手を上げる者も発言する者もいなかった。

光は深くお辞儀をした。

「私の話は以上です。生徒会も全力で考えますので、皆さんもいいアイディアがありましたらお寄せください。では、全員でこの危機を乗り越えていきましょう!」

壇上から降りる光には、まばらな拍手が届けられた。

手を力一杯叩いているのは、親友の町野春香(後の白金春香)のみだった。

殆どの生徒は戸惑うばかりで、行き場を失ったザワつきが、その場に蔓延していた。

全校集会

翌日。

光が最初に取り掛かったのは、学校に新たなクラブを作ることだった。

本当のことを言えば、全校集会で演説する前から感じてはいた。

生徒会と生徒の間には壁があると。

だからこそ、誰もが同列で、何年生でも何人でも参加できるクラブを作りたかった。

学校から承認されたのは「ベタークラブ」。

「学校生活をよりベターにするクラブ」という光のベタベタなネーミングを、話の分かる教頭先生に気に入ってもらえたためだった。

黒板

生徒会のメンバー5人は自動的にベタークラブに入った。

そして新たに、1年生2人、2年生3人、3年生1人が加入してくれた。

こうして総勢11人で、ベタークラブは活動を始めたのだった。

面白いもので、生徒会には意見が一つも寄せられなかったのに、ベタークラブには、匿名のアイディアが複数寄せられた。

そして1か月が経ち、いよいよベタークラブの活動報告が、全校生徒に発表されることとなった。

先生方との約束の期限までは、残り2か月となっていた。

ベタークラブが打ち出した内容は、いたってシンプル。

『学校から駅までの通学路にゴミ箱を4つ置き、それをベタークラブが管理する』

「それだけのことか…」そんな声も多かった。

しかし、ただそれだけのことをやるのにも、現実には多くのハードルがあった。

実際、そのハードルを目の当たりにしたベタークラブの半数以上は、弱気になったのだった。

光はそんな時こそ強烈なリーダーシップを発揮した。

 「不安に負けないで、まずは動いてみようよ!」

「責任は私がとるから安心して。楽しみながら挑戦してきてね!」

「難しかったり苦しかったら、『今日は挨拶だけで、後ほど会長の長谷川が来ますから』と言えばいいから!」

「でも大丈夫! 皆ならきっとできるよ!」

長谷川光

まず最初にぶつかったハードルは、道路に勝手にゴミ箱を置いてはいけないことだった。

どんな形であれ、必ず自治体の許可が必要となる。

市役所に話を持っていったのは2年生コンビ。藤巻尚美と町野春香だった。

二人の話を聞いてくれた男性職員は、何度も聞き直し、申請内容に間違いないかを確かめ、最終的には「上の判断を仰ぎますので、後日また来てください」と頭を下げた。

正直、二人の手ごたえはゼロだった。

軽くあしらわれている感覚のほうが強かった。

市役所の職員

後日、再び二人が市役所を訪ねると、奥から出てきたのは、前回とは異なる女性職員だった。

「今日からあなた達の担当になります村本です。よろしくね」

村本はそう言って大げさなウィンクをした。

その妙にフレンドリーな言動の理由はすぐに分かった。

市役所職員の女性

「私、OGなのよ。懐かしいわぁ。ねぇマチコちゃん、藤枝マチコ先生は元気?」

「はい。今、教頭先生をしています」

「そうなんだー。じゃーあれはどうなった? 体育館裏の自動販売機の、強く蹴っ飛ばすとジュースが落ちてくるやつ」

「噂で聞いたことはありますけど、とうに無くなっています」

「そうかーじゃあ…」

たまらず藤巻が遮った。

「先輩、ゴミ箱設置の許可はどうなったのでしょうか?」

「あぁ、だから私が担当に立候補したんで、色々一緒に活動させてもらって…。なーに大丈夫よ。かわいい後輩達がこんな素晴らしいことをやろうとしてるんだから! 私にドンと任せなさい!」

藤巻も町野も文科系だったが、体育会なみの大声が同時に出た。

「あざーっす!」

お辞儀をしている女性。 「あざーっす」と言っている

一方、ゴミ箱を置かせてもらう商店街のオーナー達を訪ねた1年生コンビ、伊東武瑠と林田麻莉奈は苦戦していた。

確かにこれは難しい。

いくらベタークラブが定期的に清掃、管理すると説明しても、衛生と美観において信用してもらえるかは別の話となる。

完全にへこんで帰って来た2人を、光は笑顔で出迎えた。

「あらら、お疲れ様。結果は聞かなくても分かるわ。で…、リベンジ行ってみる?」

「ハハ…。ポジティブ過ぎるでしょう…。ちょっと僕には無理そうです。萎縮しちゃって…。言葉が全然出てきませんでした」

麻莉奈はもう半分拗ねていた。

「私は最初から無理だと思っていました…。今度、長谷川さんが来ますって言ったら、長谷川って誰やねんって笑われましたし…」

光は2人へ近付くと、背中をポンポンと2回軽く叩いた。

「ごめんね。大変な役をやらせちゃったわね」

長谷川光

「でも…。失礼だけどちょっとだけ言わせてね。もしかして武瑠くんも麻莉奈ちゃんも、高校生が大人にお願いする形になっていたんじゃない? 同じ地域の仲間が街を良くするための提案を届けに行くスタンスだったらどうかしら? 二人とも私より遥かに優秀なんだから、普通にやればきっと理解してもらえると思うんだけどなぁ」

まさに若さゆえの柔軟性だろう。

二人は互いの顔を見合わせて頷いた。そして同時に異なる言葉を発した。

「押忍っ!」
「分かりました。もう一回、私達に行かせてください」

-つづく-


2015年5月22日

光の挑戦 後編

登場人物

長谷川光
(17歳当時)

先生方との約束の期限まで、残り1か月半。

光はベタークラブの部員を引っ張る傍らで、1人、協賛企業を探し続けていた。

計画を実現するには、ある程度の資金がいる。

それを捻出するため、自ら会社に電話をかけては足を運ぶ、地道な営業活動を繰り返していたのだった。

色々な会社を回る中で学んだ。

会社はどこまでいっても営利企業であること。

理念に賛同はしてくれても、自社の利益が結びつかない限りは動いてくれない。

また、規模が大きい会社ほど、イメージを大事にする割にはフットワークが重い。

実際、今の時点で協賛金を出してくれたのは、ワンマン的な社長のいる小さな会社と個人事業主の2つで、金額はそれぞれ1万円だった。

ベター部にとって幸運だったのは、2年生の水島京也と3年生の朝桐玲奈が、それぞれ技術部と美術部に所属していたことだった。

2人は自らの部にゴミ箱制作のアイディアを持ち込んで、それぞれ協力の約束を取り付けてくれた。

形の上では、3つの部のコラボだが、実務的には両部へ丸投げした形に近い。

技術部と美術部は喧々諤々しながら制作に取り組んでくれた。

面白いことに、デザインと制作の関係は、水と油、理想と現実の戦いのようなものだった。

光が春香と共に現場を覗いた時など、実に素晴らしいコラボを見ることができた。

「こんな形、実際に作れるわけないだろ!」

「この機能美くらい作れなくて技術部を名乗れるの?」

「設計、素人だろ? 強度を考えてなさすぎなんだよ!」

「工夫って言葉知ってる? 素材を変えればいいだけじゃない」

春香がオロオロするくらい、皆が真剣に取り組んでくれている。

光はそれが確信できて、両部へ安心して任せることができた。

いよいよ期限まで残り1か月。

光は、この活動は全校生徒を巻き込まなければ意味がないと考えていた。

一部の人達の熱意だけでは続かないし、ボランティア精神だけでもキツい。

そこには楽しさだったり実利があることが大切だった。

だからこそ、ゴミ箱には、全校生徒から寄せられたキャッチフレーズが大きく添えられることになった。

それを1週間に1度、ベター部がゴミの回収と清掃に行く際に、貼り替えていくのだった。

ベター部に届けられたフレーズ数は48個。

予想より遥かに多く集まった。

採用された人には、図書カードと文房具がプレゼントされることにも食指を動かされたのだろう。(資金は、光のがんばりのおかげで心配せずに済んだ)

また、「採用、不採用の選別をしない」と宣言したことも大きかった。

あくまで「貼られるのは先着順」

それがルールだったので、皆、気軽に面白がって参加してきた。

実際、上手い下手は関係ないのだ。

より多くの生徒に参加してもらうのが目的なのだから。

ゴミ箱

48個のキャッチフレーズ。

それを先着順に挙げるとこんな感じだ。

1番目だけベター部作で、以下は全て一般生徒の作品となる。

1、環境は君の手で変えることができる。こんなに分かりやすく。

2、ゴミは捨てずに未来を拾おう。

3、この地域は君の家。掃除しよう。

4、地球に感謝を伝える簡単な方法はゴミを拾うこと。

5、街の快適を守れるビン・カンな人間に私はなりたい。

6、ゴミと呼ばれる俺たちだって1つにまとまりゃー力になるぜ

7、ゴミのプレゼントは地球にではなく私にください。ゴミ箱より。

8、こんなゴミにも手を差し伸べてくれてありがとう。

9、今日、いいことがあった人は、ここに優しくゴミを入れてください

10、今日、嫌なことがあった人は、ここに強めにゴミを入れてください

キャッチフレーズ

半年後。

通学路は以前とは比べものにならないほど綺麗になり、近隣住民から苦情を言われることもなくなった。

予想外だったのは、自分や友人のキャッチフレーズが書かれたゴミ箱の前で、記念写真をとるムーブが、生徒間で生まれたことだった。

皆、思い思いのポーズで、ゴミ箱との写真を撮っていく。

確かにそれは、自分の作品と共に、学生時代の思い出になるのだろう。

ちなみに、モニュメントと勘違いした外国人観光客が、生徒達と一緒に写真を撮っていくという珍現象も発生していた。

光が3年生に進級した頃には、ベター部の部員数は32人、キャッチフレーズの総投稿数は124個に膨れ上がっていた。

人数の余裕とキャッチフレーズの待機数が増えたことで、ゴミ箱の管理清掃は、週2回に変更された。

当初は、管理清掃をする部員にも図書カードや文房具をあげていたのだが、すでにその必要はなくなっていた。

実際に作業に向かうと、商店街の皆さんが様々な商品や感謝の言葉をお土産としてくれるので、自然と行きたがる人間が増えたからだった。

市はベタークラブの活動を広報に載せてアピールしていった。

この活動を地域全体に広げていこうと上層部が決めたのだった。

始まりは小さなアイディアだった。

だが、小さなポジティブ運動が、さらなるポジティブエネルギーを引き寄せた。

生徒達が積極的に取り組んだことで商店街の共感を呼び起こし、市を含めた協力体制を築くまでに繋がったのだ。

この間わずか2年弱。

長谷川光は「ポジティブ会長」とのあだ名を残し、卒業した。

手を振る女性。長谷川光

2021年3月25日。

長谷川光が高校を卒業してから20年近くが経った。

光は千葉県にある実家に帰省する際、久しぶりに市役所に立ち寄った。

出迎えてくれたのは、今は市役所職員になっている藤巻尚美だった。

「久しぶりー。この前、雑誌に出てたわね。光はホント有名人になっちゃったわね」

「そんなことはないわよ」

「今度、ウチの文化センターで講演会してくれない?」

「それもないわよ、私なんかが…。それより課長さん、後輩達の様子はどうですか?」

「あぁ、ちょっと待ってて」

尚美は奥のデスクからカラーパンフレットをいくつか持ってきた。

それを見れば、他の学校や企業も新たにゴミ箱管理活動を始めたこと。さらに、市全体でもクリーンアップイベントを定期的に行うようになっていたことが分かった。

女性。長谷川光

「結構、大規模な話になってきたのね」

「そうね。我が後輩達もがんばって継続してくれているわよ。ただキャッチフレーズが今風だからねー。光に理解できるかしらぁ?」

藤巻は悪戯っぽく笑いながら、自分のスマホを取り出した。
そして最近撮ったという写真を、光へ挑戦するように突き出してきた。

画面に映し出された写真。
ゴミ箱に添えられていたキャッチフレーズはこうだ。

『そのゴミ、草に捨てる草。仕分けて捨てるエモ』

「素晴らしい…」
光は小さく呟いた。

「へぇ、分かるの?」
藤巻が少し驚いた表情を見せた。

「全く分からなくて、ムカつくくらいだわ…
でも…
光の心は、言葉とは裏腹に、途方もない嬉しさで満たされていった。

【時代が変わっても、受け継がれるものがあるって素晴らしい!】

-f i n-

矢祭麻衣子

光さんのポジティブさが分かる話よね

巻誠

残念。春香さんはちょっとしか出てこないのですね…

光の元同級生

光、ひさしぶり!

星野彩美

おみゃー誰やねんっ!?


巻誠(幼少期)

1998年8月4日

最低評価からのスタート

登場人物

巻誠
(幼少期)

幼稚園児。巻誠

「LOVE&PEACE」

これが巻誠を表すのに最適な言葉となる。

誠は、小さい頃から「愛と平和」を実践する優しい子だった。

あまりに優しく、戦うことを嫌ったため、KG商事の後継者争いからは、真っ先に脱落したほどだった。

巻誠

誠が幼稚園の年長クラスの時だった。

母親が、深い意味もなく尋ねた。

「幼稚園で好きな女の子はいるの?」

「うん!春ちゃん好き、なっちゃん好き、サトちゃんも好きだしユイちゃんも好き!」

「あらら、好きなコだらけね。苦手なコはいないの?」

「うーん、しいちゃんはちょっといじわるするから苦手だけど、嫌いじゃないよ」

「それは楽しそうで何よりだわ。このまま皆と仲良くなさいね」

「うん!」

そう…。母親の言う通り、皆と仲良く生きられれば、どれほど幸せだっただろうか。

幼稚園児。巻誠

誠が小学2年生になったある日、衝撃は突然訪れた。

クラスメイトの諸菱由衣から「香菜とはもう話をしないで。私とだけ喋って」と言われたのだった。

最初は冗談かと思い、軽く対応していたが、泣き出してしまった由衣を見て誠は考え込んだ。

あれほど優しい由衣が言うセリフとは思えない。

一体、何があったのだろう。

自分一人では埒が明かなかったので、帰宅後、母親に相談した。

巻誠と母親

「由衣ちゃんの言っている意味が分からないんだ」

「由衣ちゃんは誠と付き合いたかったのね。好きな人を独り占めしたい。それも自然な感情だと思うわ」

「付き合うって何?」

「1人のお相手と誠心誠意、向き合うことよ」

「1人…。皆を好きじゃいけないの?」

「まぁ付き合うくらいならば、他に好きな人がいてもいいかもしれないけど…。いざ結婚ってなったらそうはいかないわよ。1人に絞らないと」

「バイキングなら1種類しか食べちゃいけないってこと? 結婚ってそういうお約束なの?」

「バイキングはどれをとっても誰にも迷惑かけないでしょ? 結婚してまで色々なコに手を出したら、周りがメチャクチャになっちゃうのよ」

「じゃあ誰にも迷惑かけず、周りもきちんとすれば大丈夫だよね?」

「いいえ。日本には、一夫一妻という法律で決められた制度があるからダメなの」

「そう…」

「あら、どうしたの誠? そんなに暗い顔をして」

「僕、結婚できないかも…。誰か1人だけを選ぶなんてできないよ…」

「うふふ、大丈夫よ、安心して。誠も大人になったら自然と変わるから」

2006年5月20日

誠は中学生になった。

相変わらず好きな女子はいるのだが、誰とも付き合うことはできなかった。
残念ながら母親の予測は外れ、誠の中身は何も変わらなかったためだ。

1人に絞れない。そして皆を同じくらい好き。

さすがに誠は、自分がおかしいのだと思った。

昔は、皆が複数のコを好きと言っていた。しかし未だにそんなことを言っているのは、自分一人なのだ。

自分が皆と違うのは、脳に異常があるためだと考えた。

母親に頼み込んで、色々な病院を訪ねた。

「いやー若いっていいねー」

殆どが一笑に付された。

中にはMRIで画像を取ってくれる先生もいたが、最終的には「異常なし」と結論付けられた。

誠は、絶望感からうつ状態になり、脳外科から心療内科へと診療科が変更された。

病院の診察室

新しく担当になった医師、佐島健は、まだ若かったが非常に熱意のある先生だった。
誠の話も親身になってよく聞いてくれた。

そして今日は、これまでの心理テストとカウンセリングの結果が示される日だった。

「博愛精神が非常に高い点」

「周りに気を遣い過ぎる点」

「これまで1人で決断してきた経験が少ない点」

「物事の処理能力が群を抜いて優れている点」

それらを指摘された。

素早く反応したのは母親だった。

「それはどちらかと言えば性格の問題ですよね? 脳については本当に異常がないのでしょうか?」

誠以上に必死になっている母親へ、佐島が優しく語りかけた。

医者

「お母さん、LGBTや性的マイノリティーという言葉はご存じですか?」

「存じ上げておりません」

「性に関する障害です。胎児期に脳の性分化に異常が生じた結果、起きると考えられています。誠くんの場合も、それと似たようなことが起きているのかもしれませんが、今のところハッキリとは分かりません」

「そうなんですね。やはり脳に関しては分からないと…」

「ただ、あらゆるイレギュラーやマイノリティでも人権が守られる流れが世界で起きています。確かに誠くんは、今のままでは社会生活が窮屈になるかもしれませんが、いずれは社会の方が問われる時代になるかもしれません」

母親の物言いが少し強くなった。

「お言葉ですが、私はとても一夫多妻制が認められる時代が来るとは思いませんわ」

「もちろん社会がどうなるかは、私も何とも言えません。ただ安心して頂きたいのは、誠くんはとても優秀だということです。おそらく今の問題は、優秀過ぎるために可能になってしまう事象だと思うのです」

「それはつまり?」

「具体的には、誠くんの情報処理能力なら、複数の女性とも上手く対応できてしまうということです。逆を言えば、普通の人は、それが難しいために1人に絞っている側面もあるわけです」

「その斬新的な考え方には初めて触れますが…。でも結局、社会が今のままならトラブルも増えますし世間体もありますし…」

「心配なさらなくて大丈夫です。誠くんなら、何とかできると思います。今のままでも上手くこなせると思います。私はカウンセリングの中でそれを確信しています」

「そう、なんですか…」

母親のトーンが落ち着いてきたのを確認した佐島が、母親へ頭を下げた。

「それとすみません。ちょっとだけお母さんは退出して頂けますか? 誠くんと2人だけで話したいことがあるので…」

待合室

二人きりになったことで、佐島はようやく誠だけに話しかけた。

「さーて、どうしましょうか? 誠くんは、病気として診断名がついたほうが、気が楽になりますか? 例えば…『自分はこういう病気なのだから気にしても仕方ない』と肩の荷が下りますか?」

「えっと…それは」

「それとも『自分は断じて病気ではない。ただの個性なのだ!』と思いたいですか? 病気と言われると、自己肯定感が低下してしまいますか?」

「突然そんなことを言われても…」

「んー、どちらを選んでもいいんですよ」

「いえいえ、そんな大事なことを、勝手に決めていいんですか?!」

佐島は、悪戯っぽく笑いながら誠のほうへ顔を突き出すと、小さく囁いた。

「それが医師という仕事の不思議なところでね…。ここだけの話…、私のさじ加減で、どうにでもなるんですよ」

それを聞いて誠は吹き出した。
真剣に悩んでいた自分が少しだけバカらしく思えた。

「先生、ありがとうございました。診断名はお任せします。僕は気にせず、僕なりにやれるところまでやってみます」

巻誠。中学生

吹っ切れた誠に怖いものはなかった。

難しいことを考えるのも止めた。

【自分の気持ちに正直に! そして自分も相手も同じだけ大切に!】

その決意だけを確認したのだった。

ここから「稀代のプレイボーイ、巻誠」が動き出す。

カッコイイ伝説は1つもない。

一部の男性からは羨ましがられるが、殆どの女性からは「最低!」「最低!」の嵐となる伝説なのだ。

ただ、それも仕方のないことだった。

この時代にポリアモリーという考え方は認知されていなかった。
加えて、誠自身、ポリアモリーを実践していることに気付いていなかったのだから。

ただの女好きとは異なる「LOVE&PEACE」。

その巻誠の先鋭的な取り組みに、初めて気付けた人間は、1つ上の従姉、神楽坂美咲だった。

ただ…、
それも10年後の話となるのだ。

-fin-

矢祭麻衣子

あんた、大変な道を進んじゃっているのねー。多分、あと100年はかかるわよ

渡辺皇海

うーん、恋愛に疎い人間にとっては何が何やら分からない…

富士サスケ

お、オゥ。俺は知っているぜ! ポールモーリアだろ?

神足悠香

だーめだコリャ…


出雲美紀(幼少期)

2019年5月2日

出雲美紀という性格の作られ方

登場人物

出雲美紀
(幼少期)

出雲美紀。少女

性格形成の要因は二つある。

・持って生まれた「先天的な気質」。

・環境による「後天的な学習」。

そのどちらもエリートだったのが、自他共に認める「豆腐メンタラー」出雲美紀となる。

両親は、共に真面目を絵に描いたような地方公務員。
税務署に勤める3つ上の兄は、小さい頃から固いことで有名だった。

そんなDNAと環境の中、美紀自身もワガママを一切言わない「いい子」として育ってきた。

家族。出雲美紀

親のしつけで、口酸っぱく言われ続けてきたのは5つ。

1、嘘はつくな、誠実であれ

2、忍耐強くあれ

3、謙虚であれ

4、礼儀正しくあれ

5、質素倹約であれ

母親。出雲美紀の母親。

美紀は23歳になった今でも、その躾を「掟」のように守っている。
それはもちろん長所であり、これぞまさに出雲美紀なのだった。

ただ…、それが過剰に働くと、思わぬ副作用を生み出すこととなる。

例えば、上の5つをしっかり守る子供を、あなたはどう思うだろう?

クラスメイトとしては、正直、堅苦しくてうっとうしいだけではなかろうか?

実際、美紀の場合は、親の教えを守るほど、仲間外れにされたのだった。

出雲美紀。一人の女性。

「正しいことをやっているのだから、胸を張って学校に行きなさい」

母親はそう言ったが、殆どの子供は、正しいか正しくないかでは動かない。
やりたいかやりたくないかだった。

そしてやりたいことにブレーキをかけるものには、牙をむく性質を持つ。

大好きな両親の言うことは守りたいが、クラスの皆から変な目で見られたくもない。
そのジレンマの中、常にどちらの顔色も伺う性格が形成されていった。

美紀にとっては毎日が葛藤の連続だったが、時には友達と一緒にウソに挑戦してみたり、クラスメイトの悪口に乗っかってみたりもした。

しかし無理だった。

ウソも悪口も、言ってるそばからお腹が痛くなり、トイレに駆け込むしかなくなるのだった。

ちなみにトイレは教室を出て右側にあった。

そのため、「いずもみき」には「いつもみぎ」というあだ名がつけられた。

出雲美紀

「美紀って言葉遣いが変だよね」

中学に入ると、複数のクラスメイトから、そう指摘された。

「そんなことないです」 

「ほらそれ。敬語ばかりで固いのよ。言い方もかわいくないし…」

小さい頃から礼儀正しかった故の弊害なのだが、そう簡単には変われなかった。
乱暴な言葉を使おうとすると、今度は喉がキュッと閉まってしまうのだった。

試行錯誤した末の苦肉の策として、語尾を少し伸ばす独特の喋り方が誕生した。

「そんなことないですぅ」

「私なんて全然ダメですぅ」

評判は全く芳しくなかったが、これはこれで一つの「面白い出雲キャラ」として認知された。

美紀は…、変なあだ名をつけられなかっただけマシと思うことにした。

出雲美紀。セーフ

仮に、美紀がアインシュタイン並みの頭脳、クレオパトラ並みの美貌、オリンピック金メダリスト並みの運動能力、その1つでも持っていれば話は変わったのだろう。

しかし、美紀は全てが平均的だった。
平凡な中での人との違いは、劣等感につながってしまう。

美紀は、他人から違いを指摘される度に、自尊心が削られていくのを感じていた。

小学、中学の成績表には、漏れなく同じ文面が並んだ。

「自己評価が低すぎます。もっと自信を持ちましょう」

それで自信が持てるなら苦労はない。
先生ならばせめて、矯正してくれる魔法の呪文くらいは書いてほしかった。

美紀は、誰か特定の人間が苦手なわけではなかった。
むしろ家族も含めた全員が好きで、仲良くなりたかったのだ。

ただ時々は、嫌いという感情が芽生えることもあった。

例えば、眠りにつく前に【A子ちゃんならもっと上手くできるのかなぁ】と想像してしまう自分に対して…。

眠る女の子。出雲美紀

親は徹底した倹約家であったため、高校を卒業するまで外食もゲームセンターも映画も買い物もプリクラも禁止だった。

それは、クラスメイトと行動を共にできる機会や、喋れる共通の話題も無くなることを意味していた。

少ないながらも友達がいたのは、マンガとアニメが好きだったおかげかもしれない。
その話ができる友達ならできたのだった。

もちろん親がマンガを買うことを認めるはずはない。
が…、そこには盲点があった。

二人とも勉強のためならお金を惜しまない人だったので、たくさんの参考書の間にマンガを挟んで、少しずつコレクションしていったのだった。

当時の美紀に、誤魔化している意識も親を騙している罪悪感もなかった。
それは生物としての必須。水泳の「息つぎ」のようなものだったから。

マンガ。単行本

美紀は、高校を卒業するまで彼氏がいたことはなかったが、一度だけ告白されたことはあった。

密かに想いを寄せていたクラスメイトだったので、信じられない気持ちと嬉しい気持ちが交錯していた。

問題は、数少ない友人の1人が、その彼を「好き」と言っていたことだった。
悩みに悩んだ末、彼には「私、他に好きな人がいるんですぅ」と嘘をついて断った。

この時の精神状態はまさにネガティブの極地で、様々なマイナス感情が次から次へと襲い掛かってきた。

嘘をついた男子にも、秘密にしている友人にも申し訳なく、その行き場のない悲しみはトラウマとなり、しばらく美紀を苦しめた。

悩む出雲美紀

美紀は、決していじめられていたわけではない。
単に異色の目で見られていただけだった。

だからこそ他人の言動には敏感で、批判的な言葉や態度には、すぐに傷ついた。

小中高、12年間の自分を例えるなら、森の中で怯える小動物だ。
目立たないように、目立たないように…。常にそう心掛けていた。

しかし、高3の夏休みの終盤だった。

そろそろ学校が始まると気付いた時、突然、胸が苦しくなった。
再び、あの集団の輪に戻るのは耐えられないと思った。

溺れるようにもがいた美紀がたどり着いた岸は、占いの地だった。
そう。美紀は突然、マンガではなく占いにハマったのだ。

様々な占いを貪るように試してみた。

「当たる、当たらない」「合う、合わない」「心に響く、響かない」

繰り返し検証する中で、2人のお気に入りの占い師を見つけた。

その中の1人。日本版タロットカードを使う占い師の言葉に、美紀は心を鷲掴みにされた。

その言葉はプリントアウトして折り畳み、今でもお守りとして財布の中に入れている。
誰が何と言おうと、どん底だった美紀を救ってくれたのは、この占いだったのだ。

占い。お告げ。

あなたの苦しみは今がピークです。ここからは歳を重ねるにつれ、楽になっていくでしょう。

今抱えている問題も自然と解決していきます。あなたが特に何かをする必要はありません。周りの方が変わっていきます。

5年後には、大きな出会いがあるでしょう。あなたの人生を左右する大きな出会いです。

あなたはそれを受け入れる準備を今のうちから始めて下さい。

その出会いを恐れることはありません。

あなたは、これまで我慢してきたことや耐えてきたことが、全て報われる喜びを感じることでしょう。

美紀は、この占いが自分に示された時、涙が止まらなかった。

この言葉を頼りに、残りの7ヵ月を乗り切ったのだった。

出雲美紀。笑顔

2017年4月22日

地方の国立大学に入った美紀は、長いトンネルを抜けたような不思議な感覚を味わっていた。

自分が変化した意識はないのだが、周りがそれぞれ自立した大人として接してくるので、余計な気遣いをする必要が無くなったのだ。

何より、誰も美紀の「違い」を指摘しない。何をどうしようと干渉してこない。

それはまるで、狭い村社会から広々とした自由国家へ転入したような爽快感だった。

【大人になるってこんなに素晴らしいことだったのか!】

美紀はますます5年後が楽しみになった。

出雲美紀。大学生

大学生活。

それは想像以上に忙しい毎日だった。

教師を目指している関係上、取得すべき単位数が多い。
それに加え、飲食店でのバイトを始めたためだった。

学費までは稼げなくても、生活費くらいは親に迷惑をかけたくなかった。

親からの「掟」。

それも不思議なもので、大学に入ってからは、感謝する機会が増えてきた。

例えば、嘘をつかず誠実なところは、バイト先で大きなアドバンテージとなった。

仲間からの信頼もお客さんからの好感度も上げてくれた。

何より、忍耐強くあるおかげで、今の勉強にバイトに忙しい日々をがんばれている。

謙虚であることは、学習効果を上げてくれた。満足せず、その先も学ぶ姿勢が確立されたのだ。
また教えがいがあるということで、複数の教授からかわいがられた。

礼儀正しくあることは、教師としての自信を与えてくれた。勉強以外にも子供達に教えてあげられることがあるのだと。

質素倹約で良かったことは、生活費が周りのコの半分で済むことか。
いいか悪いかは別にして、金銭面で助かるのは間違いなかった。

もちろん「掟」の弊害は、多少は残っている。
相変わらずノリは悪いし、人の目は気になるし傷付きやすい。

それでも昔から比べれば、遥かにマシ…というより天国だった。

親子。出雲美紀

2019年4月2日

月日は順調に流れ、大学生活も1年を残すだけとなった。

来年は、いよいよ社会人として世に羽ばたくのだ。

そして、占いに書かれていた「大きな出会い」までの猶予は、あと2年となった。

初めて読んだ高3の時は、何をどう準備すればいいのか分からなかった。
ただ、今はボンヤリと感じている。

自分の性格は、おそらく変わらないし、変わらなくていいのだろう。

そして準備とは、今のうちにたくさん学習し、色々な経験をし、自分の枠を広げておくことなのだと。

どんな出会いであれ、受け入れられる大きな器を。

その準備をしっかりと!

-f i n-

裕木清明

謙虚さはネッキャン随一ですよね。自分を豆腐メンタルって言っていること自体が謙遜ですし

長谷川光

んー、ネッキャンに入ったのは、さらに1年後よね。では一体、1年前には、どんな「大きな出会い」があったんだろう?

佐々木拓海

僕とはまるで逆ですね。僕は大人になるほど毎日が大変になってきましたぁー



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