【まだ皆は出会わない…】ネッキャン発足以前のエピソードA

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目次

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毛利悠介(13歳当時)

2011年1月30日

毛利が今の仕事に
進むことになったきっかけ


登場人物

毛利悠介
(13歳当時)

毛利悠介が13歳になった誕生日、両親からノートパソコンをプレゼントされた。

悠介がねだったわけではない。特別な才能を期待されていたからでもない。
それまでノートやら教科書やら広告の裏、下手をすれば部屋の壁にまで書き留めていた、落書きやアイディアや計算式や妄想の数々。それらに両親が呆れ、『今後は全てここに記録するように』との苦肉の策だった。

パソコンはすこぶる便利で、悠介はすぐに夢中になった。
とりとめもなく湧き出てくるアイディアをどんどん打ち込んだ。
文書作成や表計算のスキルでは、あっという間に両親を追い越した。

しかし、マニュアルをろくに読まず、試行錯誤で動かしていたせいだろうか。

半年後にはパソコンの調子が悪くなり、フリーズを繰り返すようになった。

パソコンフリーズ

「俺が直してあげるよ」

優しく声をかけてくれたのは、パソコンに詳しい4つ上の兄だった。昔からよく面倒を見てくれていた。

しかし…兄に任せたところ、フリーズがおさまるどころかWindowsすら起動しなくなった。結果として壊れたのだ。

悠介は爆発的にキレた。家中に響き渡る声で泣き叫んだ。

「絶対、元通りにしろよ! 絶対、元通りにしろよ!」

その日から兄は、夜遅くまでマニュアル本とパソコンに向き合うことになった。バイトから疲れて帰ってきても、いつまでも直す努力を続けていた。

【許すものか!】

悠介の怒りが消えることはなかった。大切なデータが、自分の全てが、あの中には入っていたのだ。それら全てが失われることは、気が狂うほど耐えきれないことだった。

そして今日も、兄が目を真っ赤にして作業をしているのを横目で見た。

【まだ寝ないのか?】

【明日、早いよね?】

【くそー!このどうしようもないやり切れなさはなんなんだよ!】

ぶつけようのない怒り。
心の底から突き上げてくるのは、これまでとは違う衝動だった。

自分は一体どうすればいいのか!?

どんなに考えても分からなくて毎晩泣き続けた。自分も兄もかわいそうで仕方なかった。

それから3日後。

悠介は、兄と一緒に様々な本を調べながら復旧を試みるようになった。

Safe モードはもちろんBIOS設定もいじくりまくった。メーカーに問い合わせてトラブルシューティングも試した。

パソコンに詳しくない両親は、ただただ祈ってくれていた。

最終的に、パソコンは業者に出したのだが復活することはなかった。

悠介の使い方が雑だったのに加え、兄の作業がトドメをさしたのだろう。ハードディスクに致命的なダメージがあったとの報告を受けた。

これまでの全てが消えたのだ。2週間ほど魂が抜けたようになった。

両親も兄も新しいパソコンを買い与えようとしてくれたが、頑なに断った。それで解決しないのは、アホな13歳にも分かっていた。

決してパソコンが嫌いになったわけではない。本での勉強を続けたのは、もっとパソコンの仕組みを知りたかったからだ。

半年後。

悠介が手にしたのは、お年玉でパーツを買い集めた自作のパソコンだった。

そしてこの二代目(二台目)から、大人になった今でも、二重三重にデータのバックアップをとる、周りからはちょっと変人扱いされる慎重な習慣が始まったのだ。

パソコン

あれから10年。

悠介は、大人になった今でも、兄と一緒にお酒を飲むとからかうことがある。

「あの初代パソコンにはノーベル賞もののアイディアがいくつも詰まっていたのにー」と笑いながら。

相変わらず優しい兄も「もう勘弁してくれよ」と言いながら笑う。

兄の笑顔

ただ、悠介は感謝の気持ちも忘れてはいなかった。
酔っぱらって頭のハードディスクに残らないから、毎回、何度も同じセリフを言うことになるのだが。

「あの時はありがとう兄貴。パソコンに向かう兄貴の姿に心を打たれて、僕は今の仕事に導かれたんだ」と。

兄はいつも優しく微笑むだけだった。

だからいつもぼんやりと、大好きな兄の笑顔の記憶だけが、バグのように悠介の心に積み重ねられていった。

-f i n-

出雲美紀

いいお話ですねぇ。私、涙が…

クリーナ

いいお兄さんがいて羨ましいシュー

巻誠

人生の道を決める転機ですか。ある意味、羨ましい


伊藤明日香(20歳当時)

2013年5月7日

警察官に採用されて2年目の春

登場人物

伊藤明日香
(20歳当時)

「ハハッ…ついに貯まったんだ…」

伊藤明日香は1人呟いた。
寮の1人部屋の薄暗いキッチンだ。誰にも見られることはない。

目の前には透明なウォータータンク。
たった今、5リットルの水が満タンに貯まったばかりだった。

持ち上げてみると、さすがに重たい。

その重みも含めて大切に抱え込みながら、ゆっくり風呂場へと運んだ。
風呂場で何かをするわけではない。ただそれを置くだけだった。

その帰りには、代わりとなる次のウォータータンクをキッチンへと持ち込んだ。その「空」をシンク内の蛇口の真下にセットした。
いつも通りの作業でわずかに蛇口を捻ったが、なかなか難しい。
出るか出ないか…、そのギリギリのところに合わせなくてはいけなかった。

「ピチョン……ピチョン」

ようやく水滴が、静寂という間隔を空けながら、タンクへ僅かに滴り落ちていった。

異様な光景かもしれない。しかし毎晩しばらくこれを眺めるのが日課だった。

この一滴が、いつしかびっくりするぐらい貯まっていく姿だけを、生きる勇気としていた。

これを始めたのは1年前。

『伊藤、お前は焦りすぎだ。もう少し心を静めろ。ちょっとずつでも努力を続ければ、必ず大きな結果につながるから…』

職場の上司である泉獅子王丸に、そうアドバイスを受けてから、この日課を続けてきた。
毎日ずっと。

【不可能と思われる野望も、努力を続けていけば、きっと…】

明日香は新たな水滴を眺めた。そして1年前にはできなかった不敵な笑みを初めて浮かべた。

もちろんそれも、誰も見ることはできなかった。

-f i n-

ステラ

明日香にゃん…


隼賢介(24歳当時)

2007年6月12日

賢介の学生時代の友人が、
賢介と付き合い始めた西谷有希子に語った言葉

登場人物

隼賢介
(24歳当時)

俺と賢介はいつも一緒だったんだけど…、
確かあれは賢介が運転免許を取りたての頃だね。

二人でドライブに行ったんだ。

郊外の細い道を走っている時かな。
右の歩道には、杖をついたおじいさんがゆっくり歩いていてね。
ちょうど追い越す直前に、おじいさんがバランスを崩して転んだんだよ。

助手席にいた俺は、誰よりも早く叫んださ。賢介に。

「ばか!お前は運転していろよ!」

有希ちゃんも、もう分かるよね。
そう。賢介がハンドルを離して、おじいさんに両手を伸ばしていたんだよw

危うく事故るとこだよね。

そう言えば…、賢介は、バスケのフェイントに絶対引っかかることで有名だったよなぁ。
あいつはいつだって、頭より体が先に動くんだよ。

うん、でも良かった! これからは有希ちゃんがついてくれるんだね。

ご苦労さまw

そしてよろしくお願いします。

隼賢介
2007年7月4日

隼賢介と西谷有希子の、結婚1か月前の頃の会話

西谷有希子

ねぇ、賢ちゃんて、裏の顔ないの?

隼賢介

ごめん。二つも使うのはちょっと面倒くさいんだ…

西谷有希子

賢ちゃんて、いつも損してばかりじゃない?

隼賢介

アハハ。文系で、計算が苦手というか…

西谷有希子

もしかして賢ちゃんて、嘘を全くつけない人なの?

隼賢介

事実を話すだけなら、他に何も覚えておかなくてすむから楽なんだよねー

西谷有希子

賢ちゃんて、誰に対しても寛容よね

隼賢介

Can・yoo? ごめん日本語でヨロシクぅ

西谷有希子

あ、もしかして私のこといい人だと思ってる?

隼賢介

もちろん!

西谷有希子

ふぅ…。賢ちゃんは見る目ないわよー

西谷有希子

【でも、人を見る目がない人こそ、いい人の証…って麻衣子も言ってたっけ…】

隼賢介

有希ちゃんどうしたの? そんな真剣な顔して

西谷有希子

【とにかく、これは私が舵をとらないとダメね…】

隼賢介

ゆきちゃん?

西谷有希子

賢ちゃん、ちょっと私達の将来について、大事な話があるの!

隼賢介

-f i n-

ニックフォール

いい奥さんと一緒になれてよかったのう

矢祭麻衣子

賢ちゃん、私の大切な有希子を泣かせたら…分かってるわよね?


神楽坂美咲(13歳当時)

2009年8月17日

終わりと始まりの日

登場人物

神楽坂美咲
(13歳当時)

祖父である神楽坂玄明が、自宅の書斎で倒れたのは、2009年8月1日のことだった。
緊急搬送されたのは、かかりつけである都内でも有数の特定機能病院。

しかし、わずか2日後には、再び書斎に玄明の姿を見ることになる。玄明が周囲の反対を押し切って強引に退院したからだった。

同日、玄明の自宅に1人呼び出された美咲。通されたのも、やはり書斎だった。
玄明は、すでに仕事を再開していたのだ。

『10年後の農業のあり方』というタイトルでの執筆。

重要とは言え、緊急の仕事でないのは、中学2年生だった美咲にも分かった。
しかし玄明は、美咲が到着するなり時間を惜しむように、いつもの指導を始めた。

「美咲、死に方は生き方より大事だ。生き方はやり直すこともできるが、死ねるチャンスは1回しかない」

「はい」

「これがワシにできる最後の指導となるだろう。ワシのこれからをよく見ておくといい」

「はい。でも無理をしては元も子もないと思います…」

「おぅ、お前が意見を…。そうか、もうそんな年齢になったのか…」

玄明の頬が収縮したのを初めて見た。が、それを微笑みだとは思わなかった。すぐにいつもの厳しい表情に戻っていたせいもあるし、そもそも祖父の笑顔の記憶がないのだ。

「当たり前のように『そんな無理をして死んだらどうする?』と医者も周りも言ってきたわ。しかしお前はワシのこれまでの教えを信じろ。そんなこと考える奴には何もできんのだ。美咲、お前はこれからも『死んで悔いなし』と思って物事に取り組むのだぞ」

「はい…」

返事はしたものの、中学生の心には響かなかった。

【なぜおじいさまは、今回も弟は呼ばず、私にばかり教えを説くのだろう?】

ぼんやりそんなことを考えていた。

神楽坂美咲

それから2週間が経った8月15日の明け方。

仕事をやり遂げた書斎で、息を引き取ったばかりの玄明が発見された。
まず間違いない。自らの死の日時までをも正確に予測していたのだろう。

祖父にとっては計算通りでも、美咲にとっては、衝撃以外の何物でもなかった。
尊大な祖父にしては呆気なさ過ぎる。あれだけの人間が本当に亡くなってしまうことが信じられなかった。

ただ一方で、大きな流れが形を変え始めたのも敏感に感じ取っていた。

これまで美咲はずっと分からなかった。
表面上はともかく、本質的には何一つ理解していなかったのだ。

なぜ自分は他の友達と異なる環境にいるのか。

なぜ子供らしくないと陰口を叩かれてしまうのか。

なぜ未来を予測する必要があるのか。

なぜ皆のように、おじいちゃんと無邪気に笑い合えないのか。

そんな自分の中にある疑問の薄皮が、1枚ずつ剥がれ、答えが何となく見えてきそうな予感があった。

ー2日後ー

葬儀には、全国から集まってきた親戚の顔々があった。

その一部から、ひそひそ話がこぼれてきた。

「あの泣き虫の美咲さんが泣かないのですね」

「あぁ、玄明さんの厳しい教育に散々泣かされてきたからね。元々、表情がない子だったし、心がマヒしちゃったんじゃないかな」

美咲の耳にそれらの声は届かなかった。
頭の中には、これまで祖父から受けてきた指導の数々が、溢れだす走馬灯のように流れていたのだった。

これまでピンと来なかった教えが、クリアーになってきたのはなぜだろう?

厳しかったとはいえ、美咲にとっては初めて経験する肉親の死だった。
悲しくて寂しくて仕方ないのに、今度は、ある一つの教えがずっと頭の中から離れなくなってしまった。

それは3年前。愛犬のチロが死んで泣き続けた自分に対する、祖父の言葉だった。

子犬。チロ

『美咲、何でそんなに泣いている。チロにありがとうと言ったか? それだけを繰り返せばいい。死んだものに対する最高の別れ方は、悲しみに浸ることよりも感謝だぞ』

そうだ。確かにそれは、3年前にはよく分からなくて、あまりに悲しすぎて、実践できないことだったのだ…。

美咲は自分が唇を強く嚙み締めたのを感じた。
自分の中にある何かが急速に変わり始めていく怖さと戦っていた。

神楽坂美咲

親戚達の声が大きくなった。
しかし美咲は、その次第に広がる会場のザワつきにも気付いていなかった。

「おい、美咲ちゃん今、顔を上げて、口を動かして…」

「それよりちょっと今、微笑んでいなかったか?」

「あの美咲さんが、あんな顔をするなんて…」

「今、玄明さんに向かって何を伝えたんだ?」

セレモニーホールには、優しい「Let It Be」が繰り返し流れていた。
感謝の微笑みをしながらも、溢れ出る涙を抑えきれない美咲の隣には、心配そうに見つめる弟の姿があった。

そして…。
きっかけは、1つの嗚咽だった。それを機に美咲が号泣し始めたのだ。
幼い子供のように、人目をはばからずワンワンと。

何という贈り物だろう。
嗚咽する直前に、ずっと忘れていた遠い昔の光景が、奇跡のようによみがえったのだった。


ずーっと幼い頃、一緒に遊んでくれた「玄じいちゃん」の笑顔の記憶が。

-f i n-

TOKIO

これはヤバい。涙腺が崩壊してしまう…

神足悠香

美咲さんのルーツが少し分かった気がします…

泉獅子王丸

いつだって肉親の死を受け入れるには、時間がかかるものです…


富士サスケ(21歳当時)

2018年10月4日

そう言えばオレ、左利きでした…

登場人物

富士サスケ
(21歳当時)

母親から電話があったのは、富士サスケがインスタントラーメンを作っている最中のことだった。

一人暮らしを始めて2年目。バイトはしているとは言え、まだ仕送りをもらっている身で肩身は狭い。ましてや予備校を勝手に辞めて、音楽の専門学校に飛び込んだワガママ息子だ。
多少の小言は聞いてやらねば罰が当たる。

しかし、電話の時間が長くなるにつれ、サスケの口調はどんどん荒くなった。

これもいつものことだった。
母親が心配してくれているのは分かるが、毎回同じことを言われるのに辟易としていた。

サスケは、塩ラーメンにネギを振りかけながら大きな声を出した。

「おぅ大丈夫! ちゃんと自炊してるよ。あぁ野菜も食べてるよ!」

その時、なぜかは分からない。説教つながりのせいなのか、「サスケ」と呼ぶ母親独特のイントネーションのせいなのか、実家にいた頃によく言われていたセリフまでをも思い出してしまった。

【こらっサスケ、また携帯をベッドに放り投げて!】

そう、このセリフを毎日毎日言われていたのだった。

何でこんなことを今思い出さなくてはいけないのだろう。
余計なイライラが加わり、たまらず叫んだ。

「もう分かったよ! じゃあな!」

切った携帯をそのまま右手に持ち、作り終えたラーメンを左手に持って自分の部屋に入った。

高ぶった気持ちが収まらなかったせいだろう。
久しぶりに携帯をベッドに投げつけた……、つもりだったが、左手のラーメンを放り投げていた。

「あーっ!」

ラーメンがスローモーションで飛んでいった。

この感覚を味わうのも久しぶりだった。

-f i n-

矢祭麻衣子

人は急には変われないわよね…


富士サスケ(24歳当時)

2023年11月15日

オヤジぃ…

登場人物

富士サスケ
(24歳当時)

Bサインの配送スタッフのバイトを始めて3年。

富士サスケは、今日も派手にデコレーションしたバイクに乗って、警察署にお弁当を届けていた。

婦警さん

はい、サスケ君ありがとう。ではこのお弁当5個は、泉警視に責任もって届けておくわね

富士サスケ

ウッス、獅子王丸のオヤジにヨロシクぅ

婦警さん

ご苦労様。あとあそこに停めてあるサスケ君のバイク、また違法改造だからー

富士サスケ

それがロックだぜ!

婦警さん

うん。そこの会計課で、また罰金6000円払って帰ってね~

富士サスケ

それはショックだぜ!


斎藤千歳ソフィ(幼少期)

2004年8月17日

三つ子の魂百まで

登場人物

斎藤千歳ソフィー
(幼少期)

斎藤千歳ソフィーの性格はお父さん似だった。

11歳で日本に来るまでは、お父さんの母国であるフランスにいたが、千歳はお父さんが大好きで、いつもお父さんの近くにいた。

フランスでは、子供の教育や遊びの一環として、KAPLA(カプラ)の積み木が広く利用されている。

千歳も3歳から5歳にかけてよく遊んでいたが、少し他の子とは違う独特のやり方をしていた。

例えば、積み木が崩れた時。

初めは周りの子の真似をして、バーンと投げ飛ばしたり蹴ったりして笑っていた。
しかし父親に優しく制され、また残ったところから始めることになる。

大好きな父親の指示だ。再び嬉しそうに積んでいく。
そしてまた崩れる。
咄嗟に積み木を叩いて壊そうとする。実際、全部壊れる時もあった。

また父親に優しく制され、1から積んでいくように促される。

それをひたすら繰り返した。何度も何度も何度も…。

まだまだ子供だ。上手くいかない時が続くと明らかに感情的な顔を見せた。
しかし、父親の優しい笑顔を見つめているうちに、怒り顔も泣き顔もいつもの笑顔に戻った。
そしてまた1から積み上げていく。

母親はそれを見ているだけでも根負けして、完全に二人だけの世界に任せるようになった。

おそらくこの経験が、千歳の粘り強い性格の基盤になっているのだろう。

千歳は、その笑顔に注目されがちだが、「キレない」し「ヤケにならない」性格こそが斎藤千歳ソフィーたらんとするのだった。

斎藤千歳

誰しも、日常生活の中では様々な場面でキレさせようと罠がしかけられているものだ。
それでも千歳は決してキレない。

7歳の時、母親の母国である日本に、親子3人で旅行に行った時のことだ。

有名な「お好み焼き」という食べ物がある店に行こうとしたのだが、母親の記憶違いか、そこに店はなかった。
疲れた足を引きずり、思い当たるもう一軒の店に行ったが、そこにも店は見当たらなかった。

キレたのは母親だった。

「もういいっ! もうどこでもいいわよっ!」

頭に血が上っている母親を千歳が「大丈夫、大丈夫だから」となだめた。
父親は周りの人に尋ねて、その店が移転したとの情報を得た。

そこからは、泣き出しそうになっている母親を励ましながら、20分かけて目的の店までたどり着いたのだった。ただ、千歳は足の限界をとうに超えていたので、最後は父親におんぶしてもらっていたが

千歳の「キレない」し「ヤケにならない」性格。それは今でも継続している。
やはり「三つ子の魂は百まで」なのかもしれない。

人からは「頑固だね」とか「無理してて不自然」と言われることもあるが、別に意地になっているわけではない。

積み木は崩れるものだ。だからまた淡々と積み上げていく。

それだけのことだった。

それに…
自分だけではなく、大好きな父親もそうなのだから、治すつもりもなかった。

-f i n-

高見宗太郎

人が潜在的に持つタナトス欲求を見事に昇華させていますが…、にわかには信じ難い話です…

長谷川光

子育て経験者から言わせて頂くと、これは限りなく不可能に近いわ

白金春香

とてつもない時間と労力と二人の絆が求められます。ただただお父様に敬意を表します


佐々木拓海(18歳当時)

2022年3月28日

中学の同窓会

登場人物

佐々木拓海
(18歳当時)

佐々木拓海
寺西徹

皆さん、今日は二軒堂中学の同窓会にお集まり頂きありがとうございます。
時間になってるけど、幹事である佐々木拓海が少し遅れるとのことなので、拓海の思い出話でもしながら、もう少し待っていてくださいねー

横川勝昭

俺はまだ18年しか生きていないけど、拓海ほどフレンドリーな奴には出会ってないなぁ

川田仁

言えてる。入学して初めて会った時、あいつが「え? 何々? 何があったの?」って言いながら俺に近付いてきたんだよ。こっちはただプリント見てただけなのに。

助川智史

分かる分かる。「え!?それ俺に言ってんの?」ってパターン多かったよなぁ

相沢幸太郎

俺なんか親と喧嘩した後に学校に来て仏頂面していたら、「え? 何で笑ってんの? 教えてー」だからなw

笹島保奈美

女子にとって、拓海くんはひまわりのような男子だったわ。他の男子は軽口ばっかり叩いてきたけど、拓海君は「すごいね」「いいね」って女子にも素直に言える子だったわよ

佐久間春樹

あの頃って思春期だからな。自分の意見や考えも尖っていたけど、拓海は誰の話でも否定することなく「だよなー」「分かるー」「なるほどねー」を繰り返していたよなぁ。
クラス内が色んなグループに分かれていっても、あいつだけは全てのグループの奴と仲良かったんじゃないかな

吉田ニヒト

僕は1人班だったから、いつも1人で昆虫のサイト見ていたんだけど。たまに拓海君がやってきて一緒に見るんだよ。つまんないだろうに…ってこっちは思うんだけど、最後は「楽しかったね!」って笑って去っていくんだよな

南さゆり

私はあまり体育が得意じゃなかったから、授業終わりにはいつもグッタリだったんだけど。
教室に戻る時に拓海が毎回「お疲れ様っ!」て肩を叩いてきたことが記憶に残ってる

鍋島昭

俺は、臨海学校前に拓海とデパートに買い物に行った記憶が残っているかな。大行列のレジの最後尾に並んだ時、「業務連絡、レジの応援お願いします」って放送が流れたんだよ。
そしたら拓海が小さい声で「がんばーれ、がんばーれ」ってレジの応援を始めたんだよ。
「あぁこいつかわいいな」って思ったよ

佐藤優美子

皆、拓海くんの笑顔ばかりみたいだけど、私は泣き出しそうな顔を知っているのよ。
美術の授業の人物画で私を描いている時。
「ゴメン、佐藤さんはもっと綺麗なのに上手く描けないんだ…」って。
ちょっとキュンとしたけど、本当にドブスに描かれていたので、恋愛感情には至らなかったなァ

寺西徹

あ、拓海からメールでーす。もうそろそろ着くようなので、最後に先生、お願いします

柏原先生

佐々木拓海君。成績はイマイチでしたが、誰にでも笑顔で挨拶できる気持ちのいい生徒でした。
9月に交換留学生のケビンが来た時も率先して話しかけに行って仲良くなっていました。私はちょっと感動したのを覚えています。
英語と日本語でも会話が成り立つんだなーとw

寺西徹

先生、いいオチありがとうございますw


伊藤明日香

私も話していて、佐々木が泣きそうになっているのを見たことあるわよ

毛利悠介

怖いので聞きたくないです


白金春香(13歳~15歳当時)

1994年4月8日

春香の中学時代

登場人物

白金(町野)春香
(13歳~15歳当時)

桜中学に入学した町野春香。(現姓:白金)

もう4日目となるのに、誰とも会話をしていなかった。

そんな中で行われた体験学習の班決め。
いつも通り1人ポツンと座っているところを長谷川光に誘われた。

光は遠くの小学校から入学してきたと言い、『私もまだ友達がいないからよろしくね』と明るく笑った。

2人はその日から友達になった。

春香にとっては、初めてと言っていい友達だ。
光と共に過ごす時間は春香にとって大切な宝物となっていった。

しかし、春香の心にはずっと大きな不安が付きまとっていた。
過去のトラウマが、光に対する後ろめたさを産み出していたのだった。

ずーっと迷っていたのだが、ゴールデンウィークの長い休みに入る直前に、心の内を光に打ち明けた。

小学生の頃、壮絶ないじめに合い、人間不信に陥っていたこと。今でも人と向き合うと、動悸と息苦しさと掌の汗が止まらなくなること。

春香が怖かったのは、過去のトラウマよりも光の反応だった。

「ごめん。気を悪くしないでね。実は今、光ちゃんといるこの瞬間もそうなの。動悸が止まらないの…」

「そうなんだ…そうだったんだ…」
神妙な面持ちで聞いていた光がようやく口を開いた。

「本当に辛かったんだね」

光はそう言って春香を抱きしめた。

「あのね。そんなに辛かったらしばらくはダメだと思う。でも安心して。私が必ず治してあげる」

それから光は、朝会った時と夕方の別れ際に、必ず春香をハグするようになった。それが通学路であろうと教室であろうと、所かまわずに。

クラスの男子からは「あいつら気持ち悪ぃー」とからかわれた。
街中では通行人にジロジロ見られた。

それでも光はやめなかった。

正直、春香もハグされている間は恥ずかしいのだが、光の体の温かさが自分に伝わるほどに、人間に対する不信は減っていった。

半年後。

春香はどこにいても安心して光の中に身を委ねることができるようになっていた。動悸や掌の汗も気にならないレベルまで落ち着いた。

面白いもので、その頃には男子も何も言わなくなっていた。
もう当たり前の光景過ぎて、からかい甲斐が無くなったせいもあるだろう。

2人は共に過ごす中で、お互いの友情をどんどん深めていった。

光は春香に毎日のように宿題を写させてもらっていたが、春香にとってはそれすらありがたかった。

自分を必要としてくれる人間の存在が、何もなかった自分にどれだけ自信と勇気を与えてくれたことか!

入学して1年。
光は光速で友達の数を増やしていたというのに、春香には光しか友人はいなかった。

人となかなか接触しようとしない春香を見かねた光は、自らの知恵と経験を伝えた。

しかし…
「ふぅ…。全くピンときてないようね。春香は難しく考えすぎよ。簡単に言っちゃえば、「うん、うん」を何回か繰り返して たまに「なるほどねー」「そうだねー」を入れて、ここぞという時に「うそだー」というのを1回入れればいいのよw」

「そうなんだ…。分かった! ありがとう!」

疑う余地はない。春香にとって光のコミュニケーション能力は、神と崇めたくなるほどの憧れだったのだ。

レクチャーを受けた翌日。チャンスが早速到来した。
隣の席の中山初音が、いきなり話しかけてきたのだった。

「春香ちゃんと話すの初めてだよね」

「うん」

「春香ちゃん昨日のテストできた?」

「うんうん」

「私、だめだったんだー。春香ちゃんと違って、私なんかは勉強しても無駄かなって最近思い始めて…」

「うんうんうん」

「ン…」
初音は明らかに不満そうな顔を見せたが、気を取り直したように言葉を続けた。

「ねぇ、春香ちゃんの隣の影山君、最近、春香ちゃんのほうチラチラ見てない? もしかして春香ちゃんのこと好きなのかなー?」

「なるほどそうだねー」

「私、影山君のこと、小学生の頃からずーっと好きだったの。実は私、見かけによらず一途なところあるから…」

「うっそだー!」

顔を真っ赤にした初音が上半身を捻った。そして真後ろを向いて叫んだ。
初音の視線の先には、遠くから心配そうに2人の様子を伺っていた光がいた。

「ひかりー!これは重症よー。仕方ないから私もたまにはリハビリに付き合うわよー」

後から知ったことだが、初音は前日の夜、光から頼まれていたらしい。

『春香は人付き合いが苦手だから、リハビリの意味も込めて、ちょっと話しかけてみて』と。

こうして春香には、2人目の友人ができた。

初音とは高校が別々になるまでの2年間の付き合いだったが、それまでは3人でよく遊んだ。

『買い食い』『プリクラ』『雑貨屋ぶらぶら』

この3つさえできれば何とかなると教わり、2人によく連れ出してもらった。

春香にとって3人で遊ぶことは、全てが新鮮だった。

1人では何でもないことでも、友達となら世界が変わったように輝いて見えることを学んだ。

学校の成績は順調に下がっていったが、春香自身は気にしなかったし、両親もむしろ活発になったことを喜んだ。

文化祭ではエアーバンドを披露した。光がボーカル、初音がギター、春香がベースだった。
卒業間近には、3人で廊下を走り回って、初めて職員室で怒られる経験もできた。

幸せに慣れていない春香にとって、現実を信じられない瞬間は何度か訪れた。
そして現実だと確認する度に、幸福感に包まれるのだった。

入学した時は絶望しかなかった。
しかし今は違う。全てが違う。

だからだろう。
感謝の意味も込めて、「光のような人間になりたい」。そう強く思うようになっていた。

絶望があるところに希望を与えられる人間に。

全ては1人の人間の、何気ない一言から始まったのだった。

-f i n-

渡辺皇海

まさか春香さんにそんな過去があったなんて…

出雲美紀

お二人の強い絆は、この時から作られていたんですね


渡辺皇海(20歳当時)

2015年5月22日

隼先生との出会い

登場人物

渡辺皇海
(20歳当時)

渡辺皇海

どうやっても地面から上がらない右足。

それをズルズルとみっともなく引きずりながら、渡辺皇海は隼治療院にたどり着いた。

溺れる者は藁をも掴む。

まさにそういった心境だった。と同時に、この治療院が最後の砦であることも分かっていた。

待合室で1時間ほど待った後、隼賢介と初めて対面した。

挨拶などない。目が合うなり、皇海は自分の右足を指さしながら懇願した。

「動かないんです。お願いします。動かしてください」

隼は一瞬驚いた表情を浮かべたが、「では失礼します」という言葉と共に、皇海の体のチェックを始めた。

しかし、すぐに大きなため息をついた。

「もう動かすなと筋肉が悲鳴をあげていますね。ここまでくるともう自分の意思ではどうにもならないです…」

皇海は毅然と返した。

「明日、大切なテニスの試合があるんです。お願いします」

しばらく間が空いた。間が空くほど、二人を取り巻く空気の緊張が増していった。

緊張が振り解かれたのは、隼の微笑みが生まれたからだった。

「分かりました。やれるだけやってみましょう。今日は長引きますが、よろしいですか?」

「全ての指示に従います。どんなに痛くても大丈夫なんで、よろしくお願いします!」

3分後。

「グゥーーーッ!」

皇海にとっての治療は、とんでもない激痛から始まった。

通常、肉離れは安静が最優先される。筋肉が断裂しているのだから当然だ。
しかしそれでは明日の試合に出られない。

隼治療院を選んだのは、セオリーを超えた治療で不可能を可能にしてきた噂を聞いたからだった。激痛でもいい。足が動きさえすれば問題ない。

一方、隼は、心を鬼にして自らの両手に力を込めていた。

これは滅多にやらない。
バラバラになった筋繊維をより早く修復させるために行う荒療治。筋繊維の向きや形を整えるトリートメントマッサージ。

通常はその痛みに耐え切れない。

5分後。

「お疲れ様です。もう楽にしてもらって大丈夫ですよ。驚きました。よく耐えましたね」

2人共、額には脂汗が流れていた。
この荒療治は、するほうもされるほうも辛いものだった。

しかし治療はこれで終わりではない。形を変え、その後も続いた。
鍼、温冷療法、酸素カプセル。そこまでは皇海も覚えていた。

ただ、そこから先は不覚にも眠ってしまった。
隼になら、この先生になら自分の体を任せられると安心してしまったのかもしれない。

目が覚めたのは、朝日の光によってだった。

このとんでもない状況を理解できない中、自分の足に電極が6つ付けられているのを見た。

足に伝わる微かな電気刺激が、近くにいるのであろう隼の存在を伝えてくる。

【まさか徹夜で治療してくれたというのか…】

皇海の気配に気付いたのか、カーテンを開けて隼が顔を出した。
朝日が似合う爽やかな笑顔だった。

「おはようございます。今日の試合は何時からですか?」

「おはようございます。まさかここまでして頂けるとは、ありがとうございます。試合は10時からです」

「分かりました。ちょっと色々調整してきますので、しばらくお待ちくださいね」

ー 10時30分 沙菱テニス公園 4番コート ー

皇海の試合は予定通り、10時から始まった。

コートサイドには、会場まで車で送り届けてくれた隼がいる。

試合は始まったが、皇海の足は重い。文字通り鉛のように重かった。
重いに決まっているが、奇跡的に動いている。

そして動きさえすれば何とかする。

皇海の心には様々な思いが巡っていた。

隼は色々なことを犠牲にしてここにいるはずだった。

なぜ昨日初めて会った人間にここまでしてくれるのか、不思議でならなかった。

ただ、自分も今は試合中だった。
ここからは余計なことは考えず、先生のことも見ず、勝つことだけに全力を尽くす!

ー 13時20分 帰路(隼の運転する車の中) ー

7-5 7-5

僅差だったが、皇海は何とか勝つことができた。

しかし、隣で運転する隼の顔は険しかった。

「もう一度言います。明日は棄権してください」

「何度でも言います。明日が決勝戦なんです」

「お気持ちは分かります。しかし渡辺さんの体はとうに限界を超えています」

「これまでも限界は何度も経験しています。あと1試合だけ、精神力で何とかしますので、どうか見逃してください」

「だめです。お願いします。どうか棄権してください」

埒が明かないせいだろう。皇海はイラつきを抑えることができず、いよいよ低いドスの利いた声を出した。

「先生…、僕は遊んでいるわけじゃないんですよ。これに本気で命をかけているんです」

すぐさま隼が強い口調で被せてきた。

「私も自分の仕事に命をかけています!」

「くっ…」

何も言い返すことはできなかった。
隼の初めて聞く激しい口調だけでなく、全身を覆う鬼気迫るオーラに気圧されているのだった。

皇海は視線をゆっくりと反対側の車窓に戻した。
そして流れゆく景色を眺めながら思った。

決勝戦は明日なのだ。ここまで来たのだ。なのに、このジワジワと広がる敗北感は何だろう?

こんな感覚は初めてだった。
負けるくらいなら死んだ方がいい。これまでそうやって戦ってきた。そんな自分が戦わずして敗北感を味わうなどあり得ない。

【いや…】

敗北感は明日の試合に対してではないことに、少しずつ気が付いてきた。

【そうか…】

自分の中ではもう、棄権を受け入れてしまったのだろう。
その証拠に、全身の力が抜けていくのを感じていた。

【これだけやってくれたのだから…先生に負けるのなら…いいか】

目に映る景色が急速に消えていくということは、瞼の下垂を抑えられないのだろう。
そこから皇海の記憶はなくなった。

2時間後。

皇海の目が覚めたのは、再び隼治療院のベッドの上だった。

昨日と違うのは、室内に老若男女、たくさんの患者さんがいたことだ。と言ってもカーテンで仕切られた奥のベットで寝ているため、目で確認できたわけではない。
様々な声の響きで、そう判断しただけだった。

どこかホームに戻ってきたようで、安心してしまったのだろうか。すぐにまた深い眠りについてしまった。

さらに4時間後。

皇海が再び目を開けた時、治療院は静まり返っていた。

自分の足を見ると、幾本ものテーピングでガチガチに固められていた。
思わず苦笑してしまう。

確かにこれでは、もうどうやっても動けない。
そして苦笑を止めさせないのは、足の先に見える隼の存在だった。

どこまでこの先生はよくしてくれるのだろう。

隼が皇海にゆっくりと話しかけてきた。
いつもの爽やかな笑顔に戻っていた。

「先ほどは厳しいことを言ってすみませんでした」

「いえ、そんなことはありません。色々とありがとうございました」

「渡辺さんの勝負にかける思いは試合を見ていて凄く伝わってきました。確かに大きな勝利を掴むためにはリスクは存在するのでしょう。あなたのゴールがどこにあるのかは私には分かりません。私が分かるのは、あなたは今、破滅にリーチがかかっているということだけです」

「はい…」

「ただ渡邊さんも、たかだか2回治療を受けただけの人間が言っていることに、全幅の信頼はおけないでしょう。そして私もまた、全責任をかけて渡邊さんを見ることはできません」

「分かっています。でも今回は本当にお世話になりました。心から感謝しています」

下げた頭を戻した皇海は、隼が苦笑しているのを不思議に思いながら、彼の口が再び動き出そうとするのを見た。

「話には続きがあるんです。今のままでは無理ですから…、私を渡辺さんの専属トレーナーにして下さい」

「えっ!?」

言いようのない激情が皇海の中に沸き上がってくるのを感じた。

隼はこれまでにない真剣な目で言葉をつなげてくる。

「ですからどうか…、あなたがなぜそこまで勝負にこだわるのか、そしてその体の秘密のことも含めて…、全部を私に話して頂けませんか?」

皇海にとって拒む理由は何一つなかった。
自分はこれまでずっと1人で戦ってきた。これからもそうだと思い込んでいた。

涙腺から押し出されそうな涙をこらえ、素直に頭を下げた。

「どうか…、よろしくお願いします」

そしてこの日から、渡邊皇海には隼賢介という強力な味方がつくこととなった。

-f i n-

矢祭麻衣子

皇海は、賢ちゃんの言うことだけは素直に聞くからねー

富士サスケ

隼ビーとの絆はここから始まったのか。熱いぜ

毛利悠介

賢ちゃん、僕も専属にしてくれませんか?


星野彩美(17歳当時)

2011年9月18日

文化祭前のトラブル

登場人物

星野彩美
(17歳当時)

その喧嘩は唐突に起きた。

星野彩美が通う高校で、文化祭の準備をクラスの全員で行っている最中のことだった。

何か瀬戸物のようなものが割れる音がした直後に、男女の言い争いの声が教室中に響き渡った。

皆が目を向けると、

A君とB君 VS CちゃんとDちゃん

という構図が見て取れた。

彩美は特に慌てる様子もなく4人の元へ近付いて行った。そして遠巻きに見ていた数人も彩美に続いた。

彩美は学級委員でもなければ正義感が強いわけでもない。

4人を止めはせず、ただ近付くだけだった。そして遠巻きも、正義感が強いわけではない。ただ何かを期待するギャラリーのような表情に変わるだけだった。

彩美の動きが止まった。

まるでボクシングの審判のように、対立の中間地点で立ち止まった。

Aくん

オレは今、東京タワーからお前ら二人を見下してる気分だわ

星野彩美

私は今、皆とスカイツリーにいる気分です

Dちゃん

だから、あんた達の言ってることは、荒唐無稽なのよ!

Bくん

荒唐無稽? お前、賢くないくせに言葉だけ難しくすんな!

星野彩美

by 数学Bの西餅先生ですね…

ギャラリー

ぷっ

Bくん

Cの頭ん中は、ハッピーセットかよ!

星野彩美

そうそう、まずは皆でハッピーセット食べに行こっ!

ギャラリー

うんうん

Cちゃん

Aって、男のくせに性格終わってんな。もう現世ではあきらめな

星野彩美

諦めたらそこで試合終了ですよっ!

ギャラリー

ザワザワ…

Dちゃん

Bって…キモッ

星野彩美

肝っていうのは内臓の大事な部分でね。つまりB君は大事って意味ね

Aくん

はぁ!? C、お前が言うな!

星野彩美

お前もな…

ギャラリー

うんうん

Dちゃん

あ? Aってマジその顔で言ってんの?

星野彩美

顔はやめてー、私これでも女優なのー

ギャラリー

ひゅーひゅー(拍手)

Aくん

臭っ、C、てめぇの香水クセーんだよ!

星野彩美

Aくーん、そんな汚い言葉使っちゃダメでしょー?
くそうございます、でしょ。

Cちゃん

え? 彩美、臭いことは臭いの?

Aくん

彩美、くそうございますって…

二人が彩美の会話に釣られたことで、ようやく全員が大爆笑した。

多分、途中からは全員を巻き込んだコントになっていた

ギャラリー

バンザーィ! バンザーィ!

-f i n-


神楽坂美咲

彩美はすでに高校の頃からブライターだったのね

佐々木拓海

あー僕も彩美さんのいるクラスに入りたかったなぁー


三笠哲也(20歳当時①)

2010年4月27日

神楽坂美咲との出会い 第一章

登場人物

三笠哲也
(20歳当時)

帝香山大学が誇る「日本文化研究ゼミナール」。通称「崎山ゼミ」。

そこに異例ずくめのルーキーが入ってきた。

名前は、神楽坂美咲。1年生。

通常、このゼミは2年生の後期からでないと入れない。しかもかなり厳しい試験がある。

では、なぜ?

神楽坂の場合、高校の時に出した論文に、担当教授の崎山がいたく惚れ込み、教授自らが特例としてスカウトしたそうだ。

それだけでもザワつくのに、神楽坂は5日ほど前から毎朝TVに出始めたお天気キャスターだった。

【学内で一番注目を集めるホットな人間が、今、目の前に…】

ゼミ生15人の目には、興味と疑念、好意と反感が複雑に入り混じっていた。

そんな中、神楽坂は淡々と落ち着き払った様子で挨拶を終えた。
その姿は、先月まで高校生だったとは思えないほど大人びていた。

崎山が満足そうな笑みを浮かべた後、口を開いた。

「おーい、三笠君」

指名された三笠哲也が音もなく立ち上がった。

美形でクールだが、少しお高くとまっていて、お世辞にも人付き合いが良いとは言えない3年生だった。

「まぁ、さすがに神楽坂さんも勝手が分からないだろうから、しばらくは副ゼミ長の君が色々と教えてあげてくれ」

「分かりました」

三笠は颯爽と答えると、音もなく座った。

翌日。

ゼミが始まる30分前に、三笠は神楽坂へ、活動の簡単な説明をした。

1、基本的には、個人が日本文化の文献を調査研究し、それに基づいた論文を執筆すること。

2、フィールドワークとして、伝統的な祭りや催し、歴史的な建造物、芸術イベントなどを見に行く点。

 3、専門家や実践家を招いてゲスト講義を行ってもらうこともある点。

4、それぞれが自分の研究進捗やアイディアを発表し、学生同士や教員とのディスカッションを行うこと。

背筋をピンと伸ばして聞いていた神楽坂の反応を見て三笠は判断した。
多分、理解が早いのか、つまらなかったのかのどちらかだろう。

彼女は「はい」と「分かりました」だけを繰り返し、質問はないまま、最後に深くお辞儀をしたのだった。

ゼミが始まって1週間が経った。

神楽坂は、三笠哲也という人間が、自分の教育係についてくれたことに感謝していた。

今は大学のどこにいても注目され、色々な人間から声をかけられ、同じような質問をされ、様々な誘いを受ける。

それがとても煩わしかった。

しかし三笠は全く自分に興味を示さない。
必要なことだけを簡潔に教えてくれる。

それがとても安心できた。

そして下世話な騒音ばかり入ってくる今の自分にとって、三笠の無駄のない洗練された日本語が、耳に心地よかった。

1か月後

神楽坂は、ゼミに関する質問がある時だけ三笠に尋ね、三笠は、神楽坂に聞かれたことだけを答え、自分から話しかけることはない。

いつしかそんなルールや関係性ができあがっていた。

三笠の中では、「もう教えることはない」という感覚があったのも事実だ。

そんな中、崎山ゼミにおいて、2つのグループに分かれてのディスカッションが行われた。

神楽坂にとってはデビュー戦。

そこで執拗に叩かれた。

新人への洗礼の意味もあったのか、嫉妬なのか、神楽坂独特の解釈に納得できなかったのか…、時に理不尽と思えるような批判も出た。

それを1時間だ。

先輩によるいじめとは思わなかったが、不毛な時間を建設的に変えようともがいた神楽坂にとっては、長い長い1時間だった。

ディスカッションを終えた神楽坂は、失意のまま退出した。

色々と思うところはある。そして得たものはない。

いつもは前を見据えて歩く神楽坂だが、珍しく俯きながら、第三校舎の廊下を速足で歩き続けた。

すると突然、その頭を上から軽く撫でる者がいた。

「お疲れさま。よく1人であんなに頑張ったね」

少し息を切らした聞き覚えのある声。
顔を上げると三笠哲也だった。

どうやら後ろから追いかけてきたらしい。
ただ、いつもはクールで物静かな三笠なのだ。

こんなことをするイメージがなかったので、神楽坂は少し戸惑った。

神楽坂は、髪に三笠の温もりが残る中、疲れ果てた脳を再び回転させながら口を開いた。

「隣にも聞こえていたんですか…。あれは一体、何の戦いだったのでしょう?」

三笠が、ちょっとバツの悪そうな顔をしたため、神楽坂はあることに気付いた。

「あれ? でも三笠さん、確か隣のグループの司会やってましたよね?」

「まぁ…。神楽坂さんのほうばかりに耳を澄ませていたから…」

「意外です。三笠さんはそんなタイプではないと思っていました」

その後、神楽坂はさらに三笠の珍しい姿を見ることになる。

「神楽坂さん、申し訳ない。グループ分けのメンバーを見た時に、この可能性をちゃんと教えておくべきだったんだ。革新派の神楽坂さんと今日のメンバーは水に油だったからね。それに神楽坂さんに対抗意識を持っている人も多かったから…。ゴメン、今日のディスカッションが上手くいかなかったのは僕のミスだ!」

三笠らしくない雑な日本語。それに影響を受けたのだろうか。
神楽坂も珍しく早口の高音になった。

「いいえ、そんなことは…。いえ、そんなことより三笠さんって、結構喋れる人なんですね。今日はいい収穫がありました!」

神楽坂は、そう言って笑った。多分、三笠の前では初めて。

「っ…」

三笠にとっては、その笑顔が予想外過ぎて、完全に言葉を見失った。

実は、笑顔自体は見たことがあった。朝のTV画面で何度か。
しかし目の前の神楽坂はどうだ?

TVで見るよりずっと幼く、かわいらしいではないか。

-つづく-

三笠哲也(20歳当時②)

2010年6月3日

神楽坂美咲との出会い 第二章

登場人物

三笠哲也
(20歳当時)

神楽坂のディスカッションにおける失敗を機に、教育係である三笠は、研究とは直接関係ない範囲についても広く話をするようになった。

「昨日、神楽坂さんの高校の時の論文、見させてもらったよ。ちょっとレベルが違うね。僕にはとても書けない。一体何者なの?」

「別に何者でもないです。ただ幼い時から色々な経験をさせてもらっただけです」

「ん…」

確かにゼミ室だけでなく、図書館、学食、帰り道と、二人が一緒にいる時間は長くなった。そして長くなるほど、神楽坂自身の学内とゼミ内での「立ち位置」は安定した。

余計な勧誘も理不尽な言いがかりも、大幅に減少したのだった。

しかし、二人の距離は一向に縮まらない。
元々、他人に関心がない二人だ。人と親しくなるための知識や経験に疎い。
社交辞令的な会話だけでは、お互いを知ったことにならないし、遠慮だらけでは深く踏み込めない。

「先日、三笠さんのネットに投稿された小説を読ませて頂きました。面白かったです」

「どうも…」

「はぃ…」

そう。会話が全く弾まないのが致命的だった。

実は…、周りの人間も、二人の「離れすぎ」には戸惑っていた。

あんなに一緒にいる二人だが、その体は触れるどころか、必要以上に距離を取り、神楽坂は三笠の横ではなく、常に半身後ろを歩くのだった。

ただ皆、そこを直接は聞きづらい。

そのため「二人が付き合っているのかいないのか…」、あちこちで賭けが発生した。

そして夏休みに入る直前、皆からの代表者が直接、三笠哲也へ真相を聞きに行った。

結果は…、「付き合っている」に賭けたほうが大損となった。

ある時…、正確には、二人の間で気まずい無言が続いてしまった時…。

神楽坂が意を決したように、ある提案をした。

「三笠さん、私達、面白いニックネームで呼び合いませんか? 自分のことも、もっと砕けた名称にして…。昔、親戚の子とやって楽しかった記憶があるんです」

三笠はしばらく逡巡した後、頷いた。

「そうだね…。まずはそこからお互いの固さを取っていくのもいいかもしれないね…」

1週間後。

学食でランチを食べながら、神楽坂が真剣な表情で三笠に話しかけた。

「昨日のゼミで、ぷーちゃんが発言された「地方過疎化における空間構造の変容」についてですけど、あたしゃー別の視点も推奨したいのですが…」

「そうだったの? それなら気を遣わず、皆の前で言ってくれて良かったんだよ。おいらはポン子の意見を凄く聞きたいんだから」

夏休みに入ったばかりで講義はなく、周りに殆ど人はいなかった。

1週間前に、二人で決めた約束事はこうだ。

まず、それぞれのイメージの「逆」で呼ぶこと。

そのギャップを楽しむと同時に、自らのイメージを背負うプレッシャーからの解放をも目指すものだった。

では、スタイリッシュで鋭く、繊細な三笠の真逆を表す言葉は何か?

神楽坂は時間をかけて考えた。散々、取捨選択を繰り返した。
そして、最終的に推奨したのが「ぷー」だ。確かにそこには緊張感のかけらもない。

それを聞いた三笠の第一声は、「他の人に言われたらムカつく。そう言われないように頑張っている部分もあるし」だった。

ただ、すぐに首を傾げた。
「でも不思議だな。神楽坂さんに言われる分には、許せそうな気がする」

対して三笠は、神楽坂が周りから絶対に言われないであろう言葉を探していた。

おそらくこれまでの神楽坂にも、あだ名くらいはあったはずだ。そのどれとも被らない、斬新な名前を…。

三笠が最終的に出した答えは「ポンコツ」だった。そしてそれを短くして「ポン子」にした。

それを聞いた神楽坂は、再びTVでは見せない、切なそうな表情を見せた。

両眉がこれほど垂れ下がるほどの衝撃だったのか…。

三笠は少し不安になった。

神楽坂は小さく絞り出すような声を出した。

「私は自分にポンコツな部分があるのを知っています。でも小学生の頃からずっと、実際以上に評価されてきたのです」

「ごめん、なんかオレ、調子に乗った…」

「いえ、ありがとうございます! 今、三笠さんにそう呼ばれて、うん、何だろう…凄くホッとしたんです! 肩の荷が下りたんです!」

「あ、そうなの?」

今度は三笠の眉が大きく垂れ下がった。

クールぶっている本人は、全く気付いていなかったが…。

次は、一人称を決める番だった。

「うーん…『おいら』はどうですか? 昔、親戚の「誠」って子がそう言っていて、凄くかわいかったので…」

「んーーー。人に聞かれない場所でなら言えるかな…。でも自分の殻を破るって結構、労力いるんだねー」

「では決まりです。私は自分のことを何と呼べばいいですか?」

「はいっ。『あたしゃー』って言ってほしいです!」

「あたしゃー…」

「うん。去年のフィールドワークで山奥の村に行った時、おばあちゃん達が皆「あたしゃー」と言っていてね。なんかその温かい響きに感動した記憶があるんだ」

「分かりました。そうですね…、全く抵抗ないんで、あたしゃーどこででも言えますよーw」

こうして始まった新しいやり取り。

初めはぎこちなかった。特に三笠は下手くそだった。

それでも回数を重ねるごとにリラックスできて、次第に本音も出るようになってきた。

夏休みが明けた。

いつもの学食のいつもの席に、神楽坂が遅れてやってきた。

「ごめんなさい、ぷーちゃん…。ちょっと授業が長引きまして」

「全然大丈夫だよ。あ、ポン子はカルボナーラで良かった? おいら先に2つ頼んじゃったけど…」

「ありがとうございます。あたしゃーちょうどカルボナーラを食べたい気分だったんです」

「ねぇポン子…」

三笠が急に真剣な眼差しを見せた。

「はい?」

「ちょっとお願いがあるんだ」

「何でしょうか?」

「せめて二人きりの時は、敬語やめてくれないかな?」

このあたりから、二人の距離は急接近することになる。

-つづく-

三笠哲也(20歳当時③)

2010年10月9日

神楽坂美咲との出会い 第三章

登場人物

三笠哲也
(20歳当時)

日本文化、中でも日本語の美しさを探している三笠哲也。

崎山ゼミに入った2年生の後期から、それを世間にも知ってもらいたいと強く考えるようになった。

【堅苦しい文献より、人目に触れやすいやり方を…】

先行モデルはない。
3年生になると、試行錯誤しながら、自ら、日本の美しさを取り入れた小説を書き始めたのだった。

一方の神楽坂美咲は、過去と現在の日本文化を研究し、その先を予測しようとしていた。

革新的な手法に加え、ゼミ活動があくまで手段で目的が別にあることに、多くの先輩から反感を持たれた。
実際、現存する文化を破壊、否定するものと誤解され、非難を浴びることも多々あった。

それでも神楽坂のスタンスがブレることはなかった。
まるで未来を予測することが、自らの定められた運命であるかのように。

2010年10月9日。午前6時20分

三笠は、朝早くから車を運転していた。
助手席には神楽坂美咲が行儀よく座っている。

そしてスタバで買ったばかりのコーヒーの芳醇な香りが、二人を包み込むように漂っていた。

まだ先輩と後輩の関係の二人だが、傍から見れば、いよいよカップルにしか見えないのだろう。
学内では再び「二人が付き合っているかいないか」の「賭けパート2」が始まっていた。

出発地である横浜からは、結構な長丁場だった。

「疲れたら運転代わりますからね」

神楽坂の悪戯っぽい微笑みに、三笠は苦笑した。

「ポン子、免許持ってないじゃん…」

向かう先は、岐阜県の高山市。
そこで行われる「秋の高山祭」が、今回、二人だけに共通するフィールドワークだったのだ。

16世紀後半が起源とされる高山祭りは、「日本三大美祭」の1つとなる。
その祭屋台に施された昔ながらの彫刻や刺繍、そして何より「精巧なからくり人形」を見るのが二人の目的だった。

車は順調に進んでいたが、途中の山道で、狸らしき何かがいきなり飛び出してきた。

「危ないっ!」 「キャーーッ!」

急ブレーキと同時に、三笠の左手が神楽坂の右肩前を強く抑えた。
タイヤの悲鳴のような摩擦音と上半身の痛みが、神楽坂の恐怖を駆り立てる。

車はスライドしながらも、何とか止まった。
幸い、三笠の強い力のおかげで、神楽坂の上半身も前方に飛び出すことなくシートに留められた。

「大丈夫!?」

息の乱れた三笠が心配そうに声をかけた。

「うん。怖かったけど…、ありがとう。おかげさまで大丈夫だった…」

「ふーーーっ、それは本当に良かった…」

髪の乱れた三笠が胸を撫で下ろした。

神楽坂は、三笠の新たな一面を見た思いだった。

三笠は、計算された動きをするタイプだった。歌舞伎や日本舞踊のように、頭の先からつま先まで、常に統制された美しさを表現する。

ところが今の混乱っぷりはどうだ?

三笠らしくない慌て方と動揺だった。

やはりフィールドワークは大切だと神楽坂は実感した。学内という安全な場所だけでなく、外に出てみて初めて分かることもある。

正直、学内で女性達からキャーキャー言われている三笠の魅力は理解できなかった。
しかし今のドタバタな三笠には、逆に好感を持つことができた。

何より、自分を大切にしてくれていることが知れて、言葉では言い表せないほど嬉しかった。

11時40分。

車は岐阜市内に入ったが、まだ少し時間に余裕があるということで、「お好み焼き屋さん」に寄ることにした。

「はい。お嬢さんのおっしゃる通り、このあたりはどこも岐阜風でやっていますよ」

店主のこの言葉に神楽坂は頷くと、かなり薄く生地を広げ始めた。
そして生地の上にキャベツとネギ、続いて天かすを手際よくのせていった。

呆気にとられる三笠。それに構わず神楽坂は、手を動かしながら尋ねた。

「ぷーちゃん、紅しょうがって大丈夫?」

「うん、入れてもらって大丈夫」

神楽坂は、紅しょうがを加えた後、両面を焼きながらお好みソースをかけ始めた。

三笠はいよいよ素朴な疑問を口にした。

「ポン子…、何でできるの?」

「え? 地方の食文化も立派なフィールドワークでしょ?」

「なるほど…事前に勉強していたのか。さすがだなぁ…」

「ウソウソ、たまたま親戚がこっちにいて、昔、作ったことがあるの」

神楽坂はそう笑いながら、器用にお好み焼きを三つ折りに畳み、もう一度、お好みソースをかけた。

関東とはまるで違う。三笠にとっては初めて見る形だった。

三笠は、ただただ出来上がるのを見つめるだけだったが、心の内には複雑な感情が芽生えていた。

それは2つ年下の神楽坂へ抱く初めての感情だった。

「母性」

多分、その感覚が一番近い。
まるで自分は、「一般的なお母さん」に料理を作ってもらうのをじっと待つ、「一般的な子供」のようだった。

そして何だろう? 

神楽坂がゼミに入ってきてから、ずっと教育係として守ってきたつもりでいた。しかし今は、逆に守られている安心感がある。

「あぁ、いい匂い! ぷーちゃん、どうぞ召し上がれっ」

「ありがと…ぅ」

神楽坂の屈託のない優しい笑顔がまぶしい。
三笠はついに我慢できず、俯いてしまった。

【オレはずっと問題のある家庭で育ってきた…。ずっと辛かった…。これが母の温もりなのか?】

鼻の奥がツーンとしてきた。
涙が零れ落ちそうになるのを必死でこらえながら、三笠は黄金に光り輝くお好み焼きに手を伸ばした。

13時50分。

高山祭の会場へは無事に到着したが、想像以上の観客で溢れていた。
三笠はともかく、神楽坂は、前の人の背中と頭しか見えない状況だった。

「どうする?」

2人は相談した後、少し祭屋台から離れてしまうも、人の少ない高台のほうへと移動した。

祭りはまさに素晴らしいものだった。
この光景を400年前の人達も見ていたと思うと感慨深い。

そんな中、からくり人形の巧妙な動きをもっと見ようと神楽坂が身を乗り出した。
が…、足場が不安定な箇所だ。バランスを崩して倒れそうになった。

気付いた三笠が咄嗟に両手を出し、後ろから抱きかかえた。

「ごめん…ありがとう」

しかし三笠は、そのバックハグした両手を離そうとはしなかった。
離さないどころか、さらに強く抱きしめていき、二人の密着度は、出会ってから初めてマックスに達した。

呼吸もできなくなるほど、神楽坂の背中に強く押し付けていた自分の顔。

三笠はそれを少しずつ、だが一瞬たりとも離れぬように強く擦らせながら、神楽坂のうなじへと登らせていった。

神楽坂は、微動だにせず黙りこくっている。

三笠の顔が、神楽坂の右耳に到達した。そして囁いた。

「オレは、こんな風に二人で美しいものを、もっともっと見に行きたいんだ。正式に付き合ってくれないか?」

しばらくの時間が経った。
二人とも動かないのは、ずっとこのままでいたい衝動だったのかもしれない。

先に動いたのは、神楽坂のほうだ。
三笠の手をゆっくりと振り解いた。

そして長い黒髪を整えながら振り向くと、赤らめた顔を三笠の正面に据えて笑った。

「私でよければ喜んで」

三笠はもう、溢れ出す「想い」を抑えることができなかった。

目の前にある笑顔を、壊れないよう自分の両掌で優しく包み込んだ。
そして自分の唇を、ゆっくりと神楽坂の唇へと近づけていった。

耳には大音量の祭囃子が鳴り響いている。何とも非日常な世界だ。
唇をさらに近づけていった。

神楽坂の両腕が動き、自分の背中を優しく包み込んだのが分かった。
あぁ、許されたのだ。

この満たされた幸福感。
二人の唇が触れた。
世界中の全ての音が止まったように、三笠哲也は感じた。

-f i n-


毛利悠介

ワンダフォー! ひゅーひゅー!

長谷川光

さすがネッキャン。二人とも恥ずかしいでしょうに、よくぞ公開してくれたわ!

裕木清明

これほど素敵に結ばれた二人が今は…。ブルッ…

神足悠香

ホントに清明くんは黙っていた方がいいよ

ネットキャンバス

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