渡辺皇海
shape of heart
(2022年時点)
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スカイさんのイメージソングです(初期設定で音量が大きくなっている可能性がありますので注意してくださいね)
聴きながら読むのもいいのぉ
渡辺皇海さんのエピソード集です(読みたいタイトルをクリックしてください)
隼先生との出会い
(20歳当時)
どうやっても地面から上がらない右足。
それをズルズルとみっともなく引きずりながら、渡辺皇海は隼治療院にたどり着いた。
溺れる者は藁をも掴む。
まさにそういった心境だった。と同時に、この治療院が最後の砦であることも分かっていた。
待合室で1時間ほど待った後、隼賢介と初めて対面した。
挨拶などない。目が合うなり、皇海は自分の右足を指さしながら懇願した。
「動かないんです。お願いします。動かしてください」
隼は一瞬驚いた表情を浮かべたが、「では失礼します」という言葉と共に、皇海の体のチェックを始めた。
しかし、すぐに大きなため息をついた。
「もう動かすなと筋肉が悲鳴をあげていますね。ここまでくるともう自分の意思ではどうにもならないです…」
皇海は毅然と返した。
「明日、大切なテニスの試合があるんです。お願いします」
しばらく間が空いた。
間が空くほど、二人を取り巻く空気の緊張が増していった。
緊張が振り解かれたのは、隼の微笑みが生まれたからだった。
「分かりました。やれるだけやってみましょう。今日は長引きますが、よろしいですか?」
「全ての指示に従います。どんなに痛くても大丈夫なんで、よろしくお願いします!」
3分後。
「グゥーーーッ!」
皇海にとっての治療は、とんでもない激痛から始まった。
通常、肉離れは安静が最優先される。筋肉が断裂しているのだから当然だ。
しかしそれでは明日の試合に出られない。
隼治療院を選んだのは、セオリーを超えた治療で不可能を可能にしてきた噂を聞いたからだった。激痛でもいい。足が動きさえすれば問題ない。
一方、隼は、心を鬼にして自らの両手に力を込めていた。
これは滅多にやらない。
バラバラになった筋繊維をより早く修復させるために行う荒療治。
筋繊維の向きや形を整えるトリートメントマッサージ。
通常はその痛みに耐え切れない。
5分後。
「お疲れ様です。もう楽にしてもらって大丈夫ですよ。驚きました。よく耐えましたね」
2人共、額には脂汗が流れていた。
この荒療治は、するほうもされるほうも辛いものだった。
しかし治療はこれで終わりではない。形を変え、その後も続いた。
鍼、温冷療法、酸素カプセル。そこまでは皇海も覚えていた。
ただ、そこから先は不覚にも眠ってしまった。
隼になら、この先生になら自分の体を任せられると安心してしまったのかもしれない。
目が覚めたのは、朝日の光によってだった。
このとんでもない状況を理解できない中、自分の足に電極が6つ付けられているのを見た。
足に伝わる微かな電気刺激が、近くにいるのであろう隼の存在を伝えてくる。
【まさか徹夜で治療してくれたというのか…】
皇海の気配に気付いたのか、カーテンを開けて隼が顔を出した。
朝日が似合う爽やかな笑顔だった。
「おはようございます。今日の試合は何時からですか?」
「おはようございます。まさかここまでして頂けるとは、ありがとうございます。試合は10時からです」
「分かりました。ちょっと色々調整してきますので、しばらくお待ちくださいね」
ー 10時30分 沙菱テニス公園 4番コート ー
皇海の試合は予定通り、10時から始まった。
コートサイドには、会場まで車で送り届けてくれた隼がいる。
試合は始まったが、皇海の足は重い。文字通り鉛のように重かった。
重いに決まっているが、奇跡的に動いている。
そして動きさえすれば何とかする。
皇海の心には様々な思いが巡っていた。
隼は色々なことを犠牲にしてここにいるはずだった。
なぜ昨日初めて会った人間にここまでしてくれるのか、不思議でならなかった。
ただ、自分も今は試合中だった。
ここからは余計なことは考えず、先生のことも見ず、勝つことだけに全力を尽くす!
ー 13時20分 帰路(隼の運転する車の中) ー
7-5 7-5
僅差だったが、皇海は何とか勝つことができた。
しかし、隣で運転する隼の顔は険しかった。
「もう一度言います。明日は棄権してください」
「何度でも言います。明日が決勝戦なんです」
「お気持ちは分かります。しかし渡辺さんの体はとうに限界を超えています」
「これまでも限界は何度も経験しています。あと1試合だけ、精神力で何とかしますので、どうか見逃してください」
「だめです。お願いします。どうか棄権してください」
埒が明かないせいだろう。皇海はイラつきを抑えることができず、いよいよ低いドスの利いた声を出した。
「先生…、僕は遊んでいるわけじゃないんですよ。これに本気で命をかけているんです」
すぐさま隼が強い口調で被せてきた。
「私も自分の仕事に命をかけています!」
「くっ…」
言い返すことはできなかった。
隼の初めて聞く激しい口調だけでなく、全身を覆う鬼気迫るオーラに気圧されているのだった。
皇海は視線をゆっくりと反対側の車窓に戻した。
そして流れゆく景色を眺めながら思った。
決勝戦は明日なのだ。ここまで来たのだ。なのに、このジワジワと広がる敗北感は何だろう?
こんな感覚は初めてだった。
負けるくらいなら死んだ方がいい。これまでそうやって戦ってきた。そんな自分が戦わずして敗北感を味わうなどあり得ない。
【いや…】
敗北感は明日の試合に対してではないことに、少しずつ気が付いてきた。
【そうか…】
自分の中ではもう、棄権を受け入れてしまったのだろう。
その証拠に、全身の力が抜けていくのを感じていた。
【これだけやってくれたのだから…先生に負けるのなら…いいか】
目に映る景色が急速に消えていくということは、瞼の下垂を抑えられないのだろう。
そこから皇海の記憶はなくなった。
2時間後。
皇海の目が覚めたのは、再び隼治療院のベッドの上だった。
昨日と違うのは、室内に老若男女、たくさんの患者さんがいたことだ。と言ってもカーテンで仕切られた奥のベットで寝ているため、目で確認できたわけではない。
様々な声の響きで、そう判断しただけだった。
どこかホームに戻ってきたようで、安心してしまったのだろうか。すぐにまた深い眠りについてしまった。
さらに4時間後。
皇海が再び目を開けた時、治療院は静まり返っていた。
自分の足を見ると、幾本ものテーピングでガチガチに固められていた。
思わず苦笑してしまう。
確かにこれでは、もうどうやっても動けない。
そして苦笑を止めさせないのは、足の先に見える隼の存在だった。
どこまでこの先生はよくしてくれるのだろう。
隼が皇海にゆっくりと話しかけてきた。
いつもの爽やかな笑顔に戻っていた。
「先ほどは厳しいことを言ってすみませんでした」
「いえ、そんなことはありません。色々とありがとうございました」
「渡辺さんの勝負にかける思いは試合を見ていて凄く伝わってきました。確かに大きな勝利を掴むためにはリスクは存在するのでしょう。あなたのゴールがどこにあるのかは私には分かりません。私が分かるのは、あなたは今、破滅にリーチがかかっているということだけです」
「はい…」
「ただ渡邊さんも、たかだか2回治療を受けただけの人間が言っていることに、全幅の信頼はおけないでしょう。そして私もまた、全責任をかけて渡邊さんを見ることはできません」
「分かっています」
皇海は帰り支度を始める前に深く頭を下げた。
「でも今回は本当にお世話になりました。心から感謝しています」
下げた頭を戻した皇海は、隼が苦笑しているのを不思議に思いながら、彼の口が再び動き出そうとするのを見た。
「話には続きがあるんです。今のままでは無理ですから…、私を渡辺さんの専属トレーナーにして下さい」
「えっ!?」
言いようのない激情が皇海の中に沸き上がってくるのを感じた。
隼はこれまでにない真剣な目で言葉をつなげてくる。
「ですからどうか…、あなたがなぜそこまで勝負にこだわるのか、そしてその体の秘密のことも含めて…、全部を私に話して頂けませんか?」
皇海にとって拒む理由は何一つなかった。
自分はこれまでずっと1人で戦ってきた。これからもそうだと思い込んでいた。
涙腺から押し出されそうな涙をこらえ、素直に頭を下げた。
「どうか…、よろしくお願いします」
そしてこの日から、渡邊皇海には隼賢介という強力な味方がつくこととなった。
-f i n-
皇海は、賢ちゃんの言うことだけは素直に聞くからねー
隼ビーとの絆はここから始まったのか。熱いぜ
賢ちゃん、僕をマッサージ専属にしてくれませんか?
ヌルすぎるネットキャンバス
僕がネットキャンバスに入らせて頂いてから、1か月が経ちました。
正直、その牧歌的な雰囲気に拍子抜けしています。
いや、もっと言えば、ヌルすぎてガッカリです。
間違いなく、僕は周りから浮いていますよね。
管理人の斎藤さんやバイトの佐々木くんは完全に引いていましたし、出雲さんに至っては目も合わせてくれませんでしたから。
もちろん異端なのは僕の方です。
僕のバックグランドの方が異常なのです。
「努力は天命さえ変える」
この福沢先生の言葉を胸に生きてきたのは、僕には生まれつき、ちょっとしたハンディキャップがあるからです。
ただ、自分のハンディキャップを不幸だと思ったことはありません。
気にしたところで無意味ですし、受け入れたから生きているんであって、受け入れられなかったら、もう自殺しているんで生きてないですw
それに大小はあれども、ハンディキャップは誰しも持っているものでしょう?
だから他人のハンディキャップを憐れんだこともないです。
ただの個性だと思っています。
そんなことより問題は、やはりネットキャンバスのヌルさです。
「かわいい子には旅をさせよ」
「ライオンはわが子を千尋の谷に突き落とす」
ここにそんな雰囲気はありませんよね。
僕は勝負の世界にずっと浸かってきましたから、修羅場を潜り抜けてきた人間とそうでない人間の違いは一発で分かります。
対戦すればもちろんですが、プライベートでも少し話をすれば分かります。
人として違うんです。オーラが違うんです。
見た目は同じ人間でも、中身は別の生物かと思うくらいに違います。
そこには越えられない序列が存在します。
世の中には僕より上の人もいれば下の人もいますが…ネットキャンバスに僕を震えさせるような人はいませんでした。
今となれば、隼さんがなぜ僕をここに入れたのか疑問です。
職業的にも、僕とは合わない人が結構います。
僕は机上の理想論が嫌いなので、三笠さんとは合わないですね。
便利と楽ばかりを追求する毛利さんともダメです。
高見さんと矢祭さんに至っては、僕と真逆のことをやっています。
それ以外の皆さんとも分かり合うことは難しいですし、互いにちょっと気まずい感じがしているのではないでしょうか。
唯一、境遇が似ているのは伊藤ですが、親近感が湧くのは津雲さんですね。
多分、僕が一番近いのは津雲さんだと思います。
神楽坂さんが提唱している「安全基地」に至っては、意味が分かりません。
なぜ安全基地が必要なのでしょうか?
もっと皆で互いを高めあう「トレーニング場」のほうがいいのではないでしょうか?
キツいから傷を舐め合うのではなく、キツく感じない「力」をつけるほうが根本的な解決につながるはずです。
修羅場を避ける人間関係など、単なる平和ボケでしかありません。
もちろん人生、勝負が全てではありません。
出雲さんのように勝負を避ける生き方を選ぶのもいいでしょう。
でも現実を見て下さい。
ここは天国ではないんですよ。
資本主義的競争社会。
社会の方からどんどん勝負をけしかけてくるのです。
そしてどんな時代であれ、生涯を安全基地の中で終えられる人生など存在しません。
僕はネットキャンバスの行く末がとても心配です。
-f i n-
私もネッキャンに似たような感想を持ちましたが、今は何とも複雑な気持ちです。渡辺ほど努力してきた人間はいないと思う一方で、外でも牙を剥く姿に自分を重ねてしまうと…
まだ表面しか見えていないからだと思いますよ。少しずつ皆さんの凄味が伝わってきますから安心して下さい
若いっていいですね。私も尖っていた時期がありましたから、昔を思い出して身が引き締まりました
まぁ皆さん、そういうわけなので…(ポリポリ)、よろしくお願いします!
丸投げかーぃ!
苦手だったカウンセラー
中学を卒業するまで、僕には病院と学校にそれぞれカウンセラーがついてくれていました。
2人とも優しく接してくれましたが、僕はずっとカウンセラーをクソだと思って生きてきました。
「ありのままの自分でいい」
そう許してしまうカウンセラーの罪は重いと…。
ありのままには「悪」も「怠惰」も含まれますし、殆どの人間にとってありのままでいる方が楽です。
そして当然、楽をするほど人間は腐ります。
許せないことは他にもありました。
「頑張っている人には、頑張れと言うな」
このクソな風潮を広めたのもカウンセラーの罪でしょう。
今の日本を見てください。
頑張っているフリをしている奴らと、自称ウツ病の奴らの免罪符にしかなっていないではありませんか。
もちろん全てを否定をするわけではありません。
自己肯定感の低い人、自分を追い込んでしまう人に使うのは正しいと思います。
「頑張らなくてもいいんだよ」「ありのままでいいんだよ」が救いになるよう、心から願います。
しかし、それでもカウンセラーには、そこにプラスして伝える責任があると思います。
そこに隠された本当の事実を話す義務があるはずです。
皆さんに質問します。
仮に戦争になった時、大災害に見舞われた時、社会から虐げられている時、これら生ぬるいセリフを言えますか?
絶対無理です。
そして大多数の人間も、「ありのままでいいよ」「頑張らなくていいよ」とは言いません。
避難所にいれば、「皆がまんしているのだから勝手なことはするな」と言うでしょう。
危険が迫っていれば、「もっと頑張って走れ!」と叫ぶでしょう。
そして人とは、純粋に人を応援してしまうものでしょう。
状況が違うのだから、言うことが変わっても仕方ない?
そんなことは百も承知です。
僕が言いたいのは、その時点で、彼らは「もう無理」という事実です。
これまで散々、甘やかされた人間が、状況が変わったからといって、中身は変わらないということです。
そう。
「変われない」し「頑張れない」のです。
僕も危うく「頑張らなくていい自分」にさせられそうだったので、甘やかされた人達を心から可哀そうに思います。
カウンセラーには、こう叫びたいです。
「甘やかすのならば、最後まで尻拭いをしろよ!」と。
せめて、「今は大丈夫でも、いざという時は、真っ先にピンチになるから気を付けてね」と真実を伝えてあげろよ!と。
自分で人の成長を奪っておいて、いざとなれば自分が真っ先に逃げる。
それがカウンセラーという偽善者の姿だと思って生きてきました。
昨日までは…。
そんな僕が今日、いよいよ高見さんとじっくり話す機会を得られたのです!
高見さんは、僕の質問に丁寧に答えてくれました。
まず、この甘やかす流れを作ったのはカウンセラーではないそうです。
もっと巨大な集合無意識的な「日本人の総意」が生み出しているそうです。
無意識なので、殆どの人は気付いていないらしいですが…。
印象に残ったのは、「社会も戸惑っている」という言葉でした。
これまで人類は、非常時の連続でした。
厳しい自然、激しい争いの中、それこそ自分が生き延びるために「弱肉強食」でやってきました。
しかし現在、これほど「生き延びることが当然」とされた平穏な社会を経験するのは、人類も初めてのことらしいのです。
だからこそ正解が分からず、試行錯誤している状態だというのです。
あ、すみません。大切なことを言い忘れていました。
僕とのやり取りは全て高見さん個人の見解で、カウンセラー全体の意見ではないそうです。(高見さんはどちらかと言えば、異端らしいです…)
では、社会が豊かになり成熟すると、なぜ「そのままでいいよ…」「頑張らなくていいよ…」となるのでしょうか?
高見さんによれば、「反動」と「余裕」によるそうです。
これまで獣のように生きてきたことを悔いる理性による反動。
即ち、人間は今、必要以上に「良い子ぶっている状態」らしいです。
非常時になれば、すぐに弱肉強食の世界に戻ることには目を背けて…。
あ、すみません。
高見さんの言葉を記録していたわけではないので、全て僕の解釈による言葉ということで、ご理解下さい。
「余裕」とは、今後、人類が生き延びるための智慧だそうです。
僕の中では「体の脂肪」に変換して解釈しました。
普段は邪魔でも、いざ食料が無くなった時は、脂肪を蓄えている方が生き延びる可能性が高くなります。(ラクダのコブの役割)
これは組織でも同じですよね。
少数精鋭の会社は、短期間で見れば物凄い業績を上げますが、長期的に見れば長くは持ちません。
余裕(脂肪)がないと環境の変化に対応できないからです。
つまり、甘やかされた人間(脂肪)をあえて用意しておくことは、現代社会の余裕の表れであると同時に、将来の危機回避につながるそうです。
いざという時、真っ先に生け贄になってしまう事実は、伝えなくても自然の摂理なのでわざわざ説明する必要はないということと、生贄になるのが彼らとは限らないからだそうです。
例えば、未知のウィルスでも感染症でも、生き残るのは、むしろ甘やかされた方の可能性もあるわけです。
ただ高見さんが力説していたのは、いずれにせよ「今だけであり、ずっとではない」ということでした。
今の状況では頑張らなくてもいいけど、「自分にエネルギーが戻ってきたらまた頑張ろうよ!」という意味であり、今はありのままでいいけれど、人間には自己実現欲求があるので、心身を健全な状態にすれば「自然と成長を目指すのがありのままの姿」になる、とのことでした。
本当はもっと難しい話で、間違えていたらごめんなさい。
ただ、僕がずーっと誤解していたことだけはよく分かりました。
カウンセラーの皆さん、申し訳ありませんでした!
そして甘やかされることで生まれる良い意味も知れました。
昔ならもうそこでゲームオーバーだったのに、今の時代はまだ猶予期間をくれるのです。
そこでしっかり充電して、いつか頑張るなり自己成長できるのなら、「甘やかす」ことには素晴らしい意味があると思います。
考えてみれば僕も一昔前ならとうに死んでいた身です。
社会の余裕により生かされたわけですから、感謝しつつ自分の人生の意味をしっかり作り上げていこうと思います。
今日は高見先生、ありがとうございました。
そしてこれからもよろしくお願い致します。
-f i n-
スカイの硬い牙が折れた音がしましたね💛
上の牙なら床下に、下の牙だったら屋根に投げるんだぞーぃ
何でしたっけ、それ!?
渡辺皇海の秘密
(0歳~28歳)
渡辺皇海は、28歳になった今でも、アニメキャラ「ウーパー」のグッズを持ち歩くことがある。
ある時はハンカチ、ある時はプロテイン入れタッパー、ある時は手首を守るリストバンド、またある時は、滅多に見れない下着(トランクス)。
クールで厳しい表情ばかりの皇海とウーパーの組み合わせは、ミスマッチというより誰もが目を疑ってしまう。
ただ、それを見つけたネッキャンメンバーが、質問したり突っ込むことはなかった。
稀に、出雲美紀が「ギャップ萌えですぅ」と1人テンションを上げることはあるのだが、皆、何となくその理由を察していたからだった。
皇海には双子の兄がいた。
名前を空皇(そら)という。
皇海と空皇は、生まれた直後に骨形成不全症および先天性四肢欠損症と診断された。
染色体の異常にショックを受けた母親が体調を崩した状態で出産したため、どちらにも命の危険があった。
そんな中、2人は必死に生まれてきた。
皇海においては、生まれつき左手中指の第一関節から先が無い。
右手小指は短指で変形している。
右足の薬指が無い。
心臓や腎臓など、内臓は先天的な異常を抱えている。
それでも空皇に比べればマシだ。
彼はさらに症状が重く、集中治療室で過ごす時間の方が長かった。
いずれにせよ、2人は生まれてきてからも必死だった。
生きる努力をしなかったら死ぬ。
そんな環境の中で育った。
3年半後。
先に病院を退院できたのは、皇海だった。
もっとも、家に帰れても過酷なトレーニングが待っていたのだが。
日常生活を一人で完結させるため、基本的な動作を何度も繰り返し練習した。
理学療法士が週に3回自宅を訪れ、動かない関節を強引に動かし続けた。
激痛に泣き叫ぶ皇海を、両親は直視できず、文字通り柱の陰から見守った。
おそらく理学療法士も辛かったと思う。
プロ意識が無ければ、そしてこの先の皇海の姿をイメージできなければ、成し遂げられない仕事だった。
トレーニングは1年半で卒業できた。
それぞれの努力のかいあって、同じ年齢の子と同じようなことができるようになった。
見た目もパッと見なら、普通の子と変わらない。
両親の笑顔もそうだが、皇海が一番嬉しかったのは、自分の足で歩いて、空皇の待つ病院へお見舞いに行けたことだった。
皇海がお見舞いに通うようになって半年。
がんばり続けた空皇は5歳で亡くなった。
彼の人生は、最初から最後まで病院の中で、一度も自宅を見ることはなかった。
ただただ頑張り続けただけの人生だった。
そんな彼が好きだったのが、アニメキャラクター「ウーパー」だった。
どんなに苦しそうな表情でも、ウーパーの画像を見たり、ぬいぐるみを手にしている時は、口元が微かに微笑むのだった。
双子には双子にしか分からない共有感覚がある。
空皇が亡くなることは、皇海だけは前日に分かっていた。
お見舞いに行った際、本人から聞いたからだった。
いや、正確には会話などできるはずがない。
空皇はずっと、集中治療室で酸素マスクをつけていたのだ。
しかし、皇海の頭の中では、空皇の声が響いていた。
皇海はその言葉を恐れ、集中治療室の外で気がふれたように泣いた。
誰が話しかけてもあやしても、ただ首を横に振り続けるだけだった。
そのため会話の内容については、誰にも話せていない。
…というより、当時5歳の子供には、そのテレパシー的なコミュニケーションを言語化すること自体が難しかった。
二人にしか分からない共有感覚。
当時は感覚的なモノでしかなかったが、5年後に、ようやく適切な言語候補を見つけられた。
「託された」もしくは「譲られた」と。
空皇の死後、皇海は自分が人並みに生きる目標では、足りないことを悟った。
兄の分まで2倍努力することを誓った。
渡辺皇海。現在28歳。
ここまでの人生、努力に次ぐ努力の繰り返しだった。
その鬼気迫る姿勢は、時に誤解を招き、周りの人間を遠ざけることもあった。
「なぜそこまで…」
何百回と言われ続けてきた言葉だ。
そして現在。
まずまずの結果は出せていると言えるだろう。
小学生から始めたテニスはずっと初級クラスだったが、中学ではトーナメントクラスまで上がり、様々な大会に出れるようになった。
そして強豪校である「セントモリ高校テニス部」に入ると、高3のインターハイでは団体戦で優勝という成績を残した。
高校卒業後はプロに転向し、様々な大会を転戦する生活が始まった。
体にハンデのある皇海がここまでやるとは…。
正直、両親は想像すらしていなかった。
それでも皇海自身は、ずっと分からなかった。
どこまでいけば空皇に認めてもらえるのか、許してもらえるのか?
あの日、譲ってもらえたこの命を…。
現在、皇海を知る多くの人間は、彼が一人っ子だと思っている。
過去に、渡辺空皇という人間が存在していたことを知らない。
…であればこそ、皇海が「ウーパー」を身に着ける理由など見当もつかない。
「何でそんなかわいいウーパーちゃん持っているのー?」
これまで尋ねてきた人間は、数えきれないくらいいた。
しかし、皇海がそれに順序だてて答えることはなかった。
いや、20歳の時、唯一、秘密を打ち明けた人間がいた。
当時はまだ知り合ったばかりの人間に、全てを話すことができた。
あの日、空皇と交わした最後の会話の中身でさえも…。
その人物こそ、今も自分の体を隅々までケアーしてくれるトレーナー、隼賢介だった。
皇海は、隼賢介を全面的に信頼している。
出会った当初に、一度だけ反抗したことがあるがw、それ以降は素直に言うことを聞いていた。
実は、皇海は自分を不幸だと思ったことがない。
幸福や不幸とは別の次元で生きてきたからだ。
しかし去年、27歳の誕生日プレゼントを、隼ファミリーからもらった時は、「これが幸せなのか…」と唇を嚙み締めた。
修羅の道を進んでいた皇海には、想像すらできなかったのだ。
自分が3人から、両手では抱えきれないほどたくさんの「ウーパーグッズ」を渡されるなど。
さすが奥さんはよく気が付く人だった。
タオルにリストバンド、タッパーに水筒と、練習や大会でも使えるものをプレゼントしてくれた。(おそらくウーパーのプリントも控え目にしてくれた)
対する賢介は…、ちょっと天然なところがあるため、シャーペンやノートや下敷きや筆箱といった「ウーパー小学生セット」を山ほどくれた…。
今さら皇海が使うことはなかったが、部屋に大切に飾ってある。
息子の翔太くんがくれたのは、お尻にウーパーがプリントされたトランクスだった。
その走るルーパーが皇海の心に刺さり、一番のお気に入りとなった。
大事な試合になると、皇海は必ずそのトランクスを履くのだった。
ちなみに皇海は、試合の後、必ず空を見上げる。
晴れでも曇りでも、勝っても負けても、どんな規模の大会だったとしても、「ありがとう。がんばってみたよ」とお礼を言うのだった。
空皇に向かって。
渡辺皇海とウーパーの話は、以上だ。
彼が過去の秘密を公開するなど、少し前までは考えられなかった。
高見宗太郎によれば「自己開示」というらしいが。
逆を言えば、それくらい皇海は今、大きな岐路に立っていて、自分の運命が少しずつ変わり始めているのを感じていた。
神楽坂美咲ならば、先を予測できるのだろうが、皇海は1ヶ月後の自分がどうなってしまうのかすら、想像できなかった。
しかし不思議なものだ。
行きつく先は分からなくても、皇海に不安はなかった。
隼賢介が紹介してくれた信頼できる仲間達に囲まれているからなのだろうか。
安心してこの傷だらけの身体を委ねることができていた。
-f i n-
何となく皆で想像していた通りでしたけど、やはり壮絶な道のりでしたね
悔しいけど命がけのレベルが俺より上だな…
わはは、今後のことは安心せぃ。わらわが渾身のギャグを伝授してやるからなっ!